第154話

〈何度やっても慣れないな……〉

〈何を言う、しょーへいも飛べるようになってもらわないと困るぞ〉


 いま、俺は背後からミミルに抱きつかれた状態で空を飛んでいる。

 もちろん、ミミルの魔法を使ってのことだ。

 高いところがそんなに得意ではないのだが、一夜を明かした中洲に立つ大きな一枚岩の上から移動する手段が他に無いのだから仕方がない。


 対岸にまでミミルに抱きかかえられた状態で地面に下ろされる。

 キュリクスやブルンへスタがいた草原とは異なり、この周辺は雑多に草が生い茂っている印象だ。

 だが、見たことがあるような草がたくさん生えている。

 野菜には葉野菜、実野菜、花野菜、根菜といろいろあるが、人間がお世話になっている野菜にはアブラナ属のものが多い。

 わかりやすいものでいけば、カラシナにターサイ、ケール、カリフラワー、ロマネスコ、ブロッコリー、キャベツ、芽キャベツ、カーボロ・ネロ、クレソン、コールラビ、アブラナ、水菜、蕪、野沢菜、小松菜、白菜、青梗菜などがそうだ。

 上位のアブラナ科になると大根や山葵わさび、大根、ルッコラ等も含まれる。

 そのアブラナ科の野菜と並んで世話になっているのがセリ科だ。

 口に入るものでいけば、セリ、ニンジン、セロリ、パセリ、ディル、アシタバ、チャービル、キャラウェイ、コリアンダー(パクチー)、ミツバ、クミン、アニス、アジョワン、フェンネル、イタリアンパセリ等だ。


 そして、水に近いところを好むのがこのセリ科の植物なのだが……。


〈野菜の魔物ってか?〉

〈セレーリ……雑草だ〉

〈雑草?〉


 俺が指さした先には、上に向かって沢山の茎が伸び、もっさりと葉が生えた野菜――セロリが生えている。

 いや、見た目はセロリの茎なんだが、葉の形はイタリアンパセリのようなではなく、小松菜のように丸い。だが……


〈俺にはもう、〝セロリ〟にしか見えないな……〉

〈ヤツはそれなりに凶暴だからな。気をつけろ〉


 実は俺の中では採りたてをさっと洗って、マヨネーズをつけて齧りつくことしか考えていないのだが、そんなに危険なのか?


〈近づくと独特の香りがする息を吐き出すのだが、それを嗅ぐと戦意を失うことがある。遠くから刃物を投げたり、魔法で刈り取るのがいい〉

〈セリインやアビインか……〉

〈なんだそれは〉

〈鎮静効果のある成分がセレーリの身体の中にあるってことだ〉


 興奮状態を鎮める効果があるから、戦おうとして出鼻を挫かれる感じなんだろう。

 ミミルはまだ理解できていないようで俺を見上げて首を捻っているが、分子レベルでの説明なんて俺にはできないので我慢してもらうことにしよう。

 まあ、離れたところからエアブレードで刈り取ればいいってことだ。


〈セレーリの茎の部分が針になっていて、飛ばしてくるので注意だ。根元を切らねば、茎が散らばって余計に針が飛んでくる〉

〈なるほど……〉


 精度が求められると――つまり、上手に収穫してやらないといけないってことだな。

 あとはセレーリとかいう魔物が動けるかどうかだ。

 せっかくのエアブレードが避けられるなら、難易度が上がる。


〈あの魔物は移動することができるのか?〉

〈セレーリ移動できないから安心しろ〉

〈わかった〉


 三十メートルほど先に進むと、ほぼ等間隔にセレーリが並んでいる。

 中央にセロリっぽい茎が束になって生えていて、根元から外に向かっていくつもの茎が伸びている。その茎の先端に目玉らしきものがついているのだが、葉がもっさりと生えている。

 まぁ、顔に見えなくもないが……口とかあるのかね?

 こちらに気づいたセレーリはその葉を揺すっている――茎の繊維を断ち切って芳香を撒き散らしつつ針攻撃の準備をしているのだろう。


〈ま、待て〉

〈どうした?〉


 そろそろエアブレードの射程圏内に入りそうだという時、ミミルが俺の服の裾を引いた。


〈セレーリ以外にもキュメンがいるようだ〉

〈キュメン?〉

〈うむ、そうだ。セレーリと同じように移動することはないのだが、種のような大きさの石礫を大量に飛ばしてくる〉

〈セレーリは根元、キュメンは実の付け根あたりを狙うってことか?〉

〈そのとおりだ〉


 共に精度が求められる敵ということのようだ。

 セレーリは見た目はセロリ、キュメンはどんな野菜――魔物なのか気になるところだが、とりあえずセレーリだけでも収穫……いや倒そう。


「――エアブレード」


 射程圏内に入り、見える範囲にいるセレーリに向かって飛ぶ軌道をイメージし、魔力でつくった円形の刃を投げつける。

 腰の高さに飛び出した刃はセレーリの手前数メートルで失速したように高度を落とすのだが、僅かに加速する。

 だが、セレーリもただ黙ってやられるつもりはないようで、外側にある葉と茎を回転させて刃を弾く。


「む……」

〈セレーリも魔物だからな、自衛手段くらいは持っている〉

〈なるほどね〉


 エアブレードを防ぎ、傷ついた茎からこちらに向かって針が飛んでくる。


〈――ヴィンヴェッグ〉


 ミミルがそう呟くと、俺とミミルを中心にした旋風が生まれ、セレーリの針を巻き上げて消えた。

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