第152話

 あれから三十分くらい経っただろうか。

 このダンジョンには俺とミミルしかいないから、魚の魔物は釣り餌への警戒など一切していないのだろう。餌をつけて投げ込めば直ぐに魔物がかかる。入れ食いと言うのに近い状態だ。

 針に餌を付けて投げ込むと一分もしないうちにあたりがきて、合わせて引き上げるだけ。

 高低差が結構あるので引き上げるのに時間がかかっていて、だいたい四分に一匹釣れるという感じだ。

 釣れた魔物は岩魚イワナに似た魔物が三匹。

 金色の魚体に黒の斑點はんてんがあり、体側に朱色の帯のある魚が二匹。魚体だけを見ているとニジマスのようだが、体長は二メートルはあるし、長いヒゲが生えていてなまずのような顔をしている。

 残りの二匹は少し小型で八十センチくらいの体長。鰻のような顔とヒレが特徴だが、体側に暗青色の斑文が八個並んでいて、赤い斑點はんてんがある。魚体は山女ヤマメのような感じだろうか。


 もちろん魔物なので釣り上げると同時に口から水を吐き出して攻撃してくるし、山女ヤマメに似た魔物は鰻に似た胸鰭むなびれで水の刃を飛ばしてきて厄介だ。

 とはいえ、ここは陸上ということもあり、すぐに弱ってくるので簡単に止めを刺して倒しておく。

 ドロップ品は、親指の先ほどの大きさがある水色の魔石が八個。四十センチくらいに縮んだ岩魚イワナに似た魚が二匹、六十センチくらいのニジマスに似た魚が一匹。


〈釣れたか?〉


 いつの間に目を覚ましたのか、ミミルは釣り上げたあとに小型化した魚を指先でつつきながら訊ねる。

 恐らく朝食にこの魚を食べる気なのだろう。


〈ああ、とりあえず八匹釣れたんだが……この魚は食べられるのか?〉

〈もちろん食べられるぞ〉


 そもそも陸地が少ないエルムヘイムという星で、ミミル達は食料を含めたリソースをダンジョンで賄っていたんだというのだから、食べられるんだろうな。

 とりあえず、二匹ある岩魚イワナに似た魚に串を刺して塩を振ってから焚き火で炙ることにしよう。

 ニジマスに似た魚は大きいので、夜にでも違う食べ方で食べればいいだろう。


〈こっちの魚を朝食に焼くことにしたいが、いいかな??〉

〈うん、それでいい〉

〈このくらいの長さの串のようなものはあるかい?〉


 バーベキューをするための金串もあるのだが、残念なことに四十センチもある魚に串を打って地面に突き立てるには短い。

 焚き火台の高さも考えるなら、八十センチくらいの長さが欲しいのでミミルに訊ねてみる。


〈これでいいか?〉

〈ありがとう〉


 差し出されたのは一メートルほどある木の切れ端。

 先端が尖っていて、串のように差し込みやすいし、逆側はかなり太くなっているので魚を刺しても安定しそうだ。


 魚が入ったバケツを持ってテントの場所へと戻る。

 とりあえずニジマスに似た魚はミミルの空間収納に仕舞ってもらい、代わりに塩を取り出してもらう。

 まずは岩魚イワナに似た魚の鱗と内臓を取る。

 続いて、全体に塩を振って串を打つのだが、岩魚イワナが泳いでいるかのように「登り串」にするのを忘れない。


〈なぜそんな形にひねって串を刺すのだ?〉

〈こうすれば生きているように見えるだろう?〉

〈確かにそう見えるが……〉


 ミミルは俺の半端な返事に少し不満そうだが、続けて「なぜ?」と繰り返して訊いてくることはしなかった。

 まぁ、俺は日本料理は調理師学校で共通的に学ぶことの範囲しか知らないからよくわからない。この「登り串」を打つのも胴体を緩やかに、尾はしっかりと立つように打つのがコツだったはずだ――という程度にしか覚えていない。

 でもまあ、焼いているときに倒れたりしないよう、尻ビレの辺りから斜めに添え串そえぐしも打っておく。

 最後にひれを濡らして塩をたっぷりと塗り込むと、焚き火台のそばに立て、遠火でじっくりと焼いていく。


 捕れたての川魚を塩焼きにして食べる――なんて贅沢なのだろう。

 たぶん、白いご飯が欲しくなるだろうが、今回は米は持ち込んでいないので我慢するしかない。

 時間が許すならもう何匹か手に入れたいところだ。


 じっくりと火を入れたので焼き上がりまでに時間が掛かる。

 幸いなことにこの時間にミミルもお籠りを済ませてくれたので、時間そのものは効率的に過ごせている。

 俺もシュラフやテントを仕舞ったり、調理器具も全て洗って片付けたりと、有意義に時間を使えたと思う。


「よしっ……」


 表面の皮がパリッと焼き上がり、全体に黄金色に輝いている。魔法で作った土に刺していた串を抜いて持ち上げると、白い湯気が上がり、皮目から溶け出した脂が湧き出すように溢れ出してジュウジュウと音を立てている。

 その様子を見たミミルの小さな口は決壊寸前だ。


〈美味そうだ……〉


 今にも口角あたりから涎が流れ出しそうになりながら、ミミルが話す。

 辺りには焦げた魚の皮と脂の匂いが充満していて、更に食欲が刺激される。


〈うん、上手く焼けたと思うよ〉

〈いいのか?〉


 最初の一本を折って短くし、ミミルに差し出す。

 ミミルはどこか遠慮しつつも、串を受け取ると、魚に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。

 日本の渓流に住む岩魚イワナなら野趣溢るる――クセのある香りがあるが、この魚はどうなんだろうな……。

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