第146話
ラビオリを食べ終えて皿や調理器具の後片付けを済ませると、椅子に座って一息つく。
ミミルは片付けの間に菓子パンを一つ取り出して齧りついていたが、いまは椅子に座って辞書を片手に図鑑を読んでいる。
〈ミミル、このあとは身体強化だったか?〉
〈そうだが――片付けは終わったのか?〉
ミミルは図鑑に視線を落としたまま、返事をする。
少し失礼な気もするが、余程気になる記事があったのだろう。
〈ああ、終わったぞ〉
エナメルコーティングされて夜空のような模様が浮かぶパーコレーターからマグカップにコーヒーを淹れて、ひと口啜る。
〈その飲み物は美味いのか?〉
〈これはコーヒーという飲み物だよ。俺には美味い飲み物だが、苦味が強いので砂糖やミルクがないと飲めない人も多いかな。眠気を覚ます成分が入っていたりするが、様々な薬効もあるんだ〉
〈私にも飲めるか?〉
〈そうだな、最初はサトウとミルクを入れるほうがいいだろうが――いまはミルクしかないぞ〉
俺はブラック派だし、料理に砂糖を入れることがあまりないので今回は砂糖を持ち込んでいない。一方、ベシャメルソースやホワイトソースを作るためにもミルクは持ち込んでいる。
〈エルムヘイムにもサトウに類する甘味料はある。問題ない〉
〈そうか、なら……〉
パーコレーターから別のマグカップにコーヒーを注ぐと、少量のミルクを入れてミミルへと差し出す。
コーヒーの最適な抽出温度は摂氏九十度くらいだと言われているが、パーコレーターだと沸騰させてしまうので風味が落ちる。だが、ミルクを入れるなら問題ないだろう。
ミミルは空間収納から木箱を取り出し、その中からそら豆サイズの茶色い塊を
それを、コーヒーの中へと入れてティースプーンで混ぜる。
〈しょーへいは自分の実力を発揮できていると思うか?〉
〈さっき聞いた話だと、まだまだなんだろ?〉
〈ああ、鈍色の技能カードを持つということは、それだけ魔物を
〈でもなぁ……実感が湧かないんだよ〉
ミミルの場合は生まれたときからダンジョンがあったので違和感がないかもしれないが、俺の場合はつい六日ほど前に突然その存在を知った。
加護や魔法、スキルのようなものも同様だが、それらを使ってどんなことができるのかというもまだ理解しきっていない。
〈正直、まだ戸惑っている……そう、戸惑ってるんだよ〉
〈ふむ……〉
ミミルは俺の話を聞きながら、マグカップのミルクコーヒーを口の中へと流し込むと、少し眉を
初めてだとミルクや砂糖を入れても苦いのかもしれないな。
〈さっきも、ブルンヘスタの攻撃を避けるために信じられないくらいの高さまで飛び上がったんだぞ? 数日前はこれくらいしか飛べなかった俺がだ……〉
テーブルの高さ(七十センチ)よりも握り拳二つ分ほど低い高さに手をかざして高さを説明する。
〈なるほど。それは丁度いいな〉
〈何がだい?〉
〈身体強化を覚える前に、現在のしょーへいがどれだけの身体能力を身につけているか確認すればいい。そして、身体強化を覚えてからどれだけまた変わったかを確認することにしよう〉
〈――いいね〉
ミミルの言葉にサムズアップして答える。
その仕草にミミルは眉を僅かに八の字にして不思議そうに首を傾げる。
〈こ、これか? 指をこの形にすることで了解したとか、承認したという意味を表すんだよ。チキュウの言葉では〝ハンドシグナル〟と言って、こんな形や、こんな形もある〉
日本ではハンドサインと言うが、あれは和製英語だ。
俺は両手を顔の高さまで上げ人差し指と中指を交差させてみたり、手のひらを顎の下にかざすようにして首を左右に振ってみたり、手のひらを上にしてクイクイと手招きしてみせる。
そういえばイタリアにいたときにサムズアップしたら同僚に怒られたな……地域によっては「くそくらえ」って意味になるらしい。特にイタリアは日本とは違う意味になるものがいくつもあって、とにかくハンドシグナルは控えてたなぁ。
〈いまのはどういう意味だ?〉
〈ん、これが「あなたの幸運を祈っています」、次が「やめたほうがいい」――で、これは「こっちに来い」という意味。ニホンではこうする〉
日本人がよくやる手のひらを下にして、手招きする様をしてみせると、すぐに手のひらを上にして、欧米式の手招きに切り替える。
〈ニホン以外の国では、向こうへ行けという意味になるから、こっちで癖をつけたほうがいいぞ。ニホン人はこうするというのは覚えておけばいい〉
〈確かに追い払うように見えるな〉
〈エルムヘイムにはハンドシグナルはないのかい?〉
〈念話があるからな〉
〈なるほどな……〉
そういう意味では電話も必要ないということか。
便利ではあるが、思考が誰かにダダ漏れになっていたりしたら困るが――ミミルを見ていると、相手を選んで使用できるようだからその心配はいらないんだろう。
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