第140話

 戦闘が終わったことを見ていたミミルが翼を広げ、ふわりと下りてくる。

 背中の羽が末端からキラキラと美しい光を発しながら魔素へと還元されていく姿が、まるで何かがミミルを祝福でもしているかのように見えるから不思議だ。


〈しょーへいは運がいいようだな〉

〈運?〉


 俺の直ぐ側に下りに立ち、ミミルは俺を見上げて話す。

 運の良し悪しなんてよくわからないが、少なくとも宝くじなど当たったこともないし、自分が買ったお菓子で銀のエンジェルがでたこともない。

 ガリガリと齧る氷菓も「当たり、もう一本」と書かれた木がでてきた記憶が一切ないので、運がいいとは思えないな。


〈そうだ。今の戦いでは偶然にも二頭のブルンへスタが自滅してくれたではないか。それが運だというのだ〉

〈そうだな。確かに運が良かったと思う〉


 この魔物は直情的で周りをよく見ていないからな。

 猪突猛進という言葉があるが、馬突猛進といったところか。


〈ブルンへスタが仲間と連携して攻撃してこないというのも大きいな〉

〈うむ、次の層からは連携してくるぞ〉

〈そ、そうなのか……〉


 次の層から数頭が連携して攻撃してくるようになったら厄介だな。

 巨大な体躯を持った魔物が同時に襲ってきただけで対処に困っていたというのに、頭脳的な動きをする魔物に襲われたときの対処法など考えもつかない。


〈しょーへいは、もっと鍛えなければならんな〉

〈おいおい〉

〈こっちの方向……〉


 ミミルはブルンへスタのドロップアイテムを拾いながら野営地のある方向へと指をさす。

 何故か声が弾んでいるのは、また肉がドロップしたからだろうか。

 それ以外にも尻尾や蹄、魔石が落ちているのに、肉が優先的に格納されていく。


〈途中に群れがある。全てとは言わんが、独りで倒せ〉

〈本気で言ってるのか?〉

〈もちろんだ。早くせんと夜になってしまうぞ〉


 二頭分のドロップを拾い終えたミミルが俺の腰を両手でグイグイと押しながら先へ進むように促してくる。


 群れがいると言われると、どの程度の規模か、一対多での戦いは必須なのか、またゴールドホーンのようにボスがいるのか……など気になることが増えてくる。


〈ちょ、待ってくれ〉

〈駄目だ!――フロエ〉


 背中に翼を作り出し、ミミルは俺にしがみついて宙へと浮かび上がる。

 俺も両手両足をバタバタと動かして抵抗するのだが、ここから落ちても大怪我している自分の未来しか見えない。

 あっという間に地面から数メートルの高さに到達すると、間近にいるブルンへスタへと向かって飛んでいく。


〈おおお、おいっ! やめろ、下ろすんだ〉

〈言われなくても下ろしてやる〉


 ミミルは生い茂る草の中へと俺を放り出す。

 二メートルくらいの高さから手を離される形で放り出された俺は、生い茂る草のクッションを使って怪我無く下りるのだが、そのままうずくまった。

 一方、ミミルはそのまま五メートルほどの高さまで舞い上がり、念話で話してくる。


『一頭ずつ倒しても、作業にしかならん。多数の魔物と戦う訓練だと思って必死で戦ってみせろ』


 近くにいたブルンヘスタの目の前、十メートルほどの場所に下ろされたが、肝心のブルンヘスタはミミルの方に気を取られているようだ。

 俺もミミルの方へと目を向けると、ミミルはチラチラと下着を見せながら、腕を組んで俺を見下ろしている。その目は真剣そのものだ。


 正直、見上げて話しづらい。


 いや、ここで声に出してミミルに返事をすればブルンヘスタが俺に気づくのは間違いない。


『ボーッとするな!』


 ミミルの念話が脳内に届き、ブルンヘスタへと向き直ると巨大な蹄が目に入る。

 怒気が籠もったいななきとともにほぼ真上から打ち下ろされようとしている蹄は直径四十センチ以上――俺の頭よりも大きい。

 草から頭を出したばかりで前屈まえかがみ気味に立っていた俺は咄嗟に前へと飛ぶと、そのまま肩からぶつかり、右へと身体を逃がす。

 ブルンへスタの二つの蹄が俺の左足をかすめて空を切り、大地を踏みつける大きな音が響く。

 俺が腹下へと潜り込んだせいか、ブルンヘスタは一瞬だけ俺を見失い、後ろ脚を何度も蹴り上げて暴れ出す。

 だが、すぐに俺が右側に回り込んでいたことに気づいたのだろう……俺を蹴り上げようとなんとか向きを変えようとする。

 その隙に俺は右手のナイフを抜いて一歩踏み出し、がら空きになっているブルンヘスタの胸――浮いた肋骨の間に突き立てる。

 胸を貫く痛みに驚いたのか、大きくいなないたブルンへスタは胸にナイフが刺さったまま後ろ脚で立ち上がる。

 そのナイフを握っている俺はそのまま持ち上げられる。


「いっけぇ!」


 気合を入れると、全体重をナイフに乗せて胸腔を切り裂いた。

 ナイフで開いた傷口からシャワーのように鮮血を吹き出すと、ブルンヘスタは反り返るように硬直して背中から地面へと倒れる。

 返り血を浴び、全身真っ赤に染まった俺は、無言で左手に残ったナイフをブルンヘスタの心臓へと突き立てる。

 ブルンへスタは全身を痙攣させると、ゆっくりと力が抜けて霧散した。

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