第十五章 身体の変化

第141話

 霧散していくブルンヘスタを見ていると、ミミルが背後に降り立った。

 どうやら、アイテムはしっかりと拾ってくれるらしい。

 そして、すぐにまた空へと舞い上がると、今度は二頭のブルンヘスタに追いかけられながら戻ってきた。


「――なっ!?」

〈ほらほら、全力を出してみろ!〉


 先ほど倒したブルンヘスタは半分ほど霧散しているが、巨体なので俺の逃げ道を塞いでいる。

 それを知ってか、ミミルはあとで俺のいる場所まであと五メートルといった場所まで来て、いきなり急上昇して逃げる。

 もちろん、最高速度近くまで加速したブルンヘスタが急停止できるはずもない。一トン以上ある巨体が時速五十キロ以上の速度で迫ってくる。しかも、二頭だ。


「――くそっ!」


 慌てて右手に苦無クナイ状の刃を作る。

 だが、間に合わない……こうなるなら魔法名をつけておけばよかった。

 そのまま左に横飛びして一頭目の突進をかわすと、二頭目が俺の横を走り抜けていく。流石に時速五十キロ以上でているだけのことはあり、すぐには止まらない。

 だが、完全に二頭のターゲットは俺に向かっている。


 確かネットゲームの世界ではモンスターを連れて逃げ回ることをトレインというらしいが……。


「正にトレインってか?」


 トレインという英単語には「訓練する」という意味もある。

 俺から見るとネットゲームのトレインかも知れないが、ミミルにすれば英語のトレインだ。


 最高速で駆けてきたブルンヘスタ二頭は四十メートルほど先まで走り抜けたところで方向転換し、こちらへと警戒しつつ常歩なみあしで近づいてくる。

 やはり二頭の間に連携などというものは感じない。間合いが遠いので走ってきて体当りをしてくるだけだ。

 ブルンへスタは俺の居場所を目視で確認すると、襲歩しゅうほで一気に加速。正面から時速三十キロから四十キロという速度で突っ込んでくる。


 ブルンヘスタの攻撃が単調とは言え、それを避けながら風刃を投げても弱点の胸に当たるものではない。


 ブルンへスタの体当たりから避けることに専念しつつ、ここで苦無くない状の風刃につける名前を考える。

 字数が短く、間違って地上で発動することがないような――一般的には使われない言葉にしたいんだが……。


 三回、四回とその体当たりをかわしていると、次第に間合いが近づき、体当たりのための助走距離が短くなる。

 助走距離が約十メートルになると速度が出ないせいか、攻撃パターンは近づいてきてからの踏み潰し――後ろ脚で立って、前の蹄を上から振り下ろしてくる攻撃に変わる。


 目の前で二頭のブルンへスタが弱点の胸をみせて立ち上がり、斉唱するかのように怒りを込めたいななきをあげる。


 直径四十センチを超える前脚の蹄が四つ、俺を踏み潰そうと頭上に持ち上げられると、俺はバックステップで素早く距離をとりつつ名付けたばかりの魔法名を唱え、左右の手を振り下ろす。


「――エアエッジ!」


 魔力で作られた両刃の短剣が飛び出し、ニ頭のブルンへスタの胸に突き刺さる。


 二頭のブルンヘスタは痛みと怒りで狂ったように前脚の蹄を大地に打ち付け、俺に向かってくるのだが、俺は冷静にエアエッジを唱えて二頭に投げつける。

 胸に二つ目の穴が開いた二頭のブルンへスタは、そこから大量の鮮血を流しながら、また大きくいななき、俺を踏み潰さんとまた前脚を大きく持ち上げる。


 二頭のブルンへスタに更にエアエッジを打ち込むと、二頭は前脚に力を込め、蹄を地面へ叩きつけて崩れ去った。


『しょーへい、次だ』

「――はぁ?」


 ふと遠くを見ると、またミミルが怒り狂ったブルンへスタを複数引き連れてやってくる。


「――エアブレード!」


 この草が生い茂った草原では咄嗟に草の中に身を隠すのにはいいのだが、見通しが悪くて多数の魔物を相手に戦うのには向いていない。

 多数を相手にするなら周囲だけでも有利にした方がいいだろう。


 チャクラムのようなリング状の魔力の刃を、ブルンヘスタがやってくる方向に何枚も投げつけて草を刈っていく。


 前方二十メートル程度の約五割を刈り取った頃、地を蹴る大きな音を上げるブルンヘスタの姿が見えた。


「五頭かよっ!」

『しょーへい、がんばれ』


 俺の頭をかすめそうな高さで飛んでミミルが急上昇していくと、すぐには止まれない五頭のブルンヘスタが横に広がり、俺に向かって最大速度で突っ込んでくる。

 このままだと二秒足らずで俺の身体が宙を舞うことになる。

 とにかく先頭のブルンへスタに攻撃だ。


「――エアエッジ!」


 風の魔法の補助を受け、魔力でできたエアエッジの透明な刃がブルンへスタの両前脚の間を貫く。

 エアエッジが刺さったブルンヘスタは突然襲った痛みに大きないななきを上げると、地面を埋める葉に足元を取られ転倒した。


「うおっ!」


 最高速度で転倒し、地鳴りのような音を立てて倒れたブルンへスタの身体が草の上を滑ってくるのを、垂直跳びでなんとか躱す。

 二メートル近い高さまで飛び上がった自分に驚きつつも、俺はすぐに二頭目、三頭目へとエアエッジを投げつけた。



【あとがき】

常々ミミルは不満に思っていることがあったのですが、将平視点なので書けていません。

そこでミミルは強引な策に出てしまった……という裏設定があります。

ミミル視点の追加はまだ先の予定ですのでご容赦下さい。

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