第100話

 草擦れの音でさえ立てないよう、キュリクスへと静かに近づく。

 なんというか……地球の生き物で表現するなら、オリックスをもっと大きくしたような感じだ。

 淡い茶色の体毛、まっすぐに伸びた二本のつのが印象的だ。

 顔はよく見えないが、体型はまさに「牛」だ。オリックスもウシ科の哺乳類生物なので、似ているのは不思議ではないよな。


 そっと周囲へ目を向けると、俺が近づこうとしているキュリクスの近くに七頭ほどの仲間がいるようだ。身躯しんくはどれも似たようなものだ。

 一番近いのは、先程から俺がゆっくりと近づいているキュリクス。

 そのキュリクスから五メートル、八メートルほどのところに二頭いる。

 ゲームだと一匹に攻撃をすると、周囲にいる魔物達が一緒になって攻撃してくる――リンクというシステムがあったりするのだが、同じようなことがあるのだろうか?

 少し心配になってくるな……。


〈一頭に攻撃すると、他の二頭も一緒に向かってくるということはあるかい?〉


 一旦、進むのを中断してミミルに小声で話しかける。

 俺から念話で話しかけるのは難しい……いや、念話で話すというのが俺は苦手なんだろうな……。


〈魔物によって違う。それに、つがいの一方に攻撃をすると、残された方が共に襲ってくることもあるぞ〉


 ダンジョン内の魔物は魔素で作られているはず。生殖は必要ないのでは?


〈魔物は生殖とかしないんだよな? なのにつがいとかあるのか?〉

〈生殖行為は確認されていない。だが、常に行動を共にする仲間というのがあるようだ〉

〈俺たちみたいなもんか……痛っ!〉


 一瞬で耳まで赤くなったミミルに左の二の腕を拳骨げんこつで殴られた。

 なんか、筋肉と筋肉の間を穿うがつように当たったので妙に痛い。

 うーん、赤くなって怒っているところを見ると、「魔物と同じ扱いをするな」ということなんだろうな。


〈気をつけます……〉

〈――んっ〉


 ミミルは俯いて小さく返事をして――してくれたんだよな。

 腕をさすりながらキュリクスの方へと向き直ると、また音を殺して前に進む。周囲に生えている草は少しかがめば隠れられる程度の高さはあるので、風上に立たない限りは見つかりにくいだろう。

 なお、ダンジョンでは入口部屋に向けて風が吹いてくるから、ここでは祭壇側に立っている限りずっと風下だ。

 残り約二〇メートルのところでミミルが念話で話しかけてくる。

 声は出さない方がいいと判断したのだろう。


『ふうじん、うたない?』


 思わず声を出しそうになった俺は慌てて口を塞ぐ。

 ミミルに言われて気がついたのだが、射程距離を確認していなかったな。

 ミミルがこの距離で俺に訊いてくるということは、ミミルの風刃なら個の距離で届くということなのだろう。

 だったら、やってみる価値はありそうだ。


 狙うは二〇メートルほど離れた場所にいるキュリクス。


 両手の指先にチャクラムのような丸い魔力の刃を生み出すと、身体を左に捻って投げる姿勢をとり、軌道をイメージして右手、左手の順に魔力の刃を投げ飛ばす。

 右手の刃は右前方に飛び出すと水平に姿勢を変え、大きく弧を描くように飛んでキュリクスへと向かう。続けて左手で投げた刃が地を這うように低く――草を刈り、飛んでいく。

 右手の刃はキラキラと魔素を散らしながら浮かび上がるよう飛ぶと、正確にキュリクスの頸動脈へと斬りかかる。ほぼ同時に左手から投げた刃がキュリクスの右前足を切り飛ばし、上空へと舞い上がって霧散する。


 キュリクスは悲痛な鳴き声を上げると、失った右前足のせいでバランスを崩し、左の首筋から赤く鮮やかな血を吹き出しながら地面へと崩れ落ちる。


 倒れたキュリクスの鳴き声に反応したのか、近くにいたキュリクスの一頭がこちらへと目を向け、大きな鳴き声を上げると走り出した。その目には明らかに怒りの炎ともよぶべき殺意が籠もっている。

 突進してくる魔物に対して軌道をイメージし、魔力の刃を左右の手に作り出す。


「――」


 そういや名前、決めてなかったな。

 だが、いま考えている余裕はない。

 とにかくさっきと同じように右手、左手の順に魔力の刃を投げ飛ばす。

 イメージしたとおりの軌道を描き、魔力の刃がキュリクスの首を切り裂き、前足を切りとばす。

 勢いがついたところで前足を失ったキュリクスは、前のめりに倒れ込むと二回、三回と転がりながらようやく停止する。そこはもう、俺のマイクロウェーブの射程距離に入っている。


「――レーザーサイト」


 人さし指の先から出る赤い光線で狙いを定め、止めを刺す。


「――マイクロウェーブ」


 収束された電磁波が生じると、寸刻すんこくの間に高音になった頭蓋の内側に堪えられぬほどの痛みがキュリクスを襲う。

 声をあげ、激痛からの逃避を図るキュリクスだが、瞬時に死が訪れる。

 口から泡を吹き、白目を剥いてキュリクスは斃れた。


〈見事なのだが……解せぬっ!〉


 俺が倒した一頭目のキュリクスが霧散するのを見ていたミミルの前に、キュリクスの肉が現れた。

 ミミルには申し訳ないが、やはりダンジョンには「物欲センサー」があるのかも知れないな……。

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