第83話
ソースに
皿の上には、朱色に染まったタリアテッレ、そこに絡む溶けた白いモッツァレラチーズ、そして千切ったバジルの葉。イタリア国旗を想起させる色の組み合わせは見た目にも美味しそうだ。
そして、最後にバジルの葉を飾る。
夜食とはいえ、少しでも華やかに見えるほうが料理は美味しいはずだ。
盛り付けを終えると、鍋やフライパンなどを一旦シンクに入れ、とにかく冷めないよう、二階の部屋へと急ぐ。
結局、自分の分まで作ってしまった。ダンジョン内で朝食を食べてから、何も口にしていないのだ。魔素のせいであまりお腹が減らなくなったのかも知れないが、何も食べないのは物寂しい。それに、この時間に食べてもダンジョンに入れば身体が最適化されるのだから太らない――はずだ。
〈おまたせ!〉
部屋の扉を開け、ソファーに座って図鑑を開いているミミルの前にできあがったパスタをそっと差し出す。
〈こ、これは……〉
〈イタリアという国でタリアテッレやフェトチーネと呼ばれる麺を使った料理だよ。バジルという香草、水牛の乳で作ったモッツァレラというチーズ、トマトという果実で作ったソースを使っている〉
料理と一緒に持ってきたフォークとスプーンをミミルに手渡しながら説明する。
〈地球のフォークがこういう形をしているのは、このような麺料理を食べやすくするためなんだ。フォークでこのように……〉
実際に麺を巻き取ってみせ、ミミルにフォークの使い方をレクチャーする。
スプーンを一緒に渡したのは、慣れないミミルにはまだスプーンなしでくるりと麺を巻き取ることができないだろうと判断してのことだ。
〈巻きつけて食べる。できるかい?〉
〈当然だろう。私を幾つだと思っている〉
見た目が幼いのでついつい虚勢を張ってしまうミミルを見ると、余計に心配になる。
イタリアを含め、海外ではスプーンを使ってパスタを巻くのは子どもだけだ。この様子だとそのことを知ればミミルは怒るだろうな。
〈見るがいい、こうやって……〉
ミミルはフォークを麺に突き刺すと、腕を精一杯上に向けて伸ばす。
ロングパスタはうどんやそばのように長く作らない。長くてもせいぜい四〇センチ程度だ。だが、小さなミミルにはその長さでも
更に、予熱でトロリと溶けたモッツァレラチーズが糸を引くと、他の麺に絡んで全体の長さを余計に長くしてしまい、難易度を上げている。
〈むぅ……〉
くっついて長くなった麺をフォークの先に刺したまま、
その姿を見て違うソースにすればよかったと後悔しても、作り直すわけにもいかない。
まずフォークの先に巻きつけることができていないので、やはりスプーンを使わせた方が良さそうだ。
〈スプーンがあるだろう? スプーンの壺の部分で麺を巻きつけるといいよ〉
〈ふむ……〉
実際にジェスチャーを交え、巻き取り方を教える。
先に麺を
おっと、ミミルが食べるのを見ていたら冷めてしまう。俺も食べることにしよう。
バジルの香りが含む鎮静効果のせいだろう――なんだかホッとする。
生麺特有のもっちりとした食感、濃厚なトマトソースの旨味とミルキーなモッツァレラチーズの甘み、バジルの葉の
サラダならカプレーゼ、ピザならマルゲリータという名前になるこの組み合わせはパスタにしても最高だ。
麺をくるくると巻き、途中でフォークを持ち上げて麺を解すという俺の動作を見ていたのか、気がつけばミミルもフォークとスプーンを使って上手く巻き取っている。片手で巻き取るか、両手を使って巻き取るかの違いだから、それなりに歳を重ねているミミルであれば
とはいえ、その小さな口に丁度いい大きさに麺を巻き取るには三本ていどが限界のようだ。
よほど腹を空かせていたのか、ミミルは
『うまい』
〈そっか。お口に合ってよかったよ〉
笑顔で返事をしておく。
コミュニケーションをとることに苦労してきたが、こういうときに念話は便利だ。
自分の皿に乗ったパスタをフォークに巻きつけ、ふとミミルを
スプーンを使って巻き取る方法に慣れてきたのか、ちまちまと麺を巻き取っては口に運んでいる。相変わらず小動物のようで可愛らしい。
とりあえず、今日の料理も気に入ってもらえたようで何よりだ。食べ終わったら歯を磨いて、明日に備えて寝ることにしよう。
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