[SS]クリスマス

クリスマスのSSなので、本編よりもかなり進んだところでの話です。

新規登場人物が四名います。


裏田うらた 悠一ゆういち(裏ちゃん)

 将平と共に厨房に入る既婚男性。

 伏見の出身なので、少し言葉づかいが違います。


・田中 桃香ももか(モモチチ)

 正規雇用社員でパティシエール。巨乳の二十四歳。


・岡田 恋茉こまち

 アルバイトのホールスタッフ。二十歳の女子大生。


本宮もとみや つばさ

 アルバイトのホールスタッフ。貧乳な二十歳の女子大生。

 厨房に入ることもある。


SSなので普段の2,000文字での制限はしておらず、読み応えのあるボリュームになっていますのでお楽しみください。

なお、時期をみて別に作成する[SS部屋]のような場所に移動する予定です。

────────────────────



 ぽんぽんと優しく肩を叩かれる感覚に気づき、少しずつ意識が覚醒していく。何か夢を見ていたような気もするのだが、戻ってくる意識とは逆に夢の記憶は薄れ、儚く消えていく。


「おーい、そろそろ起きてくれよ」


 何度か同じ言葉を掛けられ、それがようやく耳から言葉として認識できたころ、私はむくりと起き上がる。


 はて、どんな夢を見ていたのだろう……。


 いつも思い出そうにも思い出せない。

 仕様がないので座ったまま指を組み、上方にそれを押し出すように伸ばして背伸びをする。


「んあぁ……」

「おはよう」

「ん、おはよ」


 しょーへいと挨拶を交わすと、窓へと視線を向ける。

 ベッドから見える窓は白く曇っていて、天候はわからないが差し込む光の明るさからすると今日は晴れているのだろう。


 続いてしょーへいに目を向けると、既に調理服に着替えている。

 十二月に入って、妙に店が忙しいようだ。

 何やら酒を飲み、料理を食べてこの一年のさ晴らしのように騒ぐという習慣――忘年会とやらで夜は予約がいっぱい。そして、昼間は昼食を供するので精一杯だ。


〈朝食を用意してるから、下りてくるんだぞ〉

〈了解だ〉


 店をオープンした当時はそうでもなかったが、いつのまにか朝食は一階の客席で食べるようになった。その方が食器の上げ下げが楽だというのもあるし、本当にできたての熱い料理が食べられるのが嬉しい。


 さて、朝食と聞いてはのんびりとしていられない。

 窓を開けて廊下に出る。


「――うっ」


 とても寒い。

 魔法で身体を保護していても、暖かい部屋から出た瞬間の温度差は厳しい。そして洗面台の水も刺すような冷たさで、ちゃぷんと顔に掛けるとまだ自分が覚醒してなかったかのように目が覚めた。


   ◇◆◇


 一階に下りると、店員のみんなから声がかかる。


「ミミルちゃん、おはよう」

「ん、おはよ」


 いつものように厨房から慌てて飛び出してくるのは田中桃香とうか――私がモモチチと呼んでいる、反対勢力の人間だ。

 まるで見せびらかすかのように大きな双丘を揺すりながらやってきて、谷間へ私の顔を挟み込んで抱きしめてくる。

 何度言っても止めないので、最近はもうなすがままだ。


「今日はクリスマスイブやし、ミミルちゃんは何かお願いしはったん?」


 くんかくんかと髪の匂いを嗅ぎながら質問するのを止めて欲しい。こっちは既に谷間で窒息死する寸前なのだ。

 少し魔力を込めてモモチチの腕を振り払い、脱出する。


「あら……」


 モモチチは残念そうにこちらを見つめて溜息を吐くが、こっちは息切れが止まらない。


「……お願い?」


 お願いとは……なんだ?


「サンタクロースさんや」

「――?」


 松阪牛、神戸牛、近江牛で選ぶのか?

 どれも捨てがたいが……。


「ロース以外、選べない?」

「んもぅ……サンタクロースさんはね、いい子にしてたら寝てる間にプレゼントをくれはる優しいお爺ちゃんのことなんよ。夜中にこっそりと枕元にプレゼントを置いて帰らはるんよ。

 でも、欲しい物は先にゆーとかんと、サンタクロースさんも困らはるやん?

 せやから、先に欲しいもんを伝えとかんとあかんねん」


 ふむ。

 子どもたちにプレゼントを配ってまわるとは酔狂な御仁ではないか。相当裕福でないとできないことだ。

 だが世界中の子どもに配るとなるとたいへんだろう。何人かで手分けしているのだろうな。


「それで、ミミルちゃんは何をお願いするのかな?」


 モモチチは私の目線に合わせるつもりで屈んでいるのだろうが、胸の大峡谷が強調されて迫ってくる。

 できれば私にもそのくらい大きな脂肪を――ではなく、欲しいか……。

 さて困ったな……モモチチは私が子どもだと思っているが、実年齢はこのモモチチの五倍以上だ。当然、おもちゃのようなものは必要ない。


「わからない。モモチチは何が欲しい?」

「え、わ、わたし?」


 モモチチも人間の中では大人に分類されるらしいので、その意見を参考にするのもいいだろう。

 だがモモチチは何故か顔を赤くして、両手で頬を隠す。

 そうか、サンタクロースとやらは子どもにプレゼントをするのだった。モモチチは大人なのだから子ども扱いしたようになって気分を害したかもしれないな。


「ごめんなさい。モモチチは大人なのに欲しい物を訊いた……」

「い、いいのよ。大人でも欲しい物はあるからね……。私なら――最新のゲーム機とかそんな感じ?」

「ゲーム……」


 外見からすると私は日本の小学五年生くらいの体格しかないらしい。

 確かにそれくらいの年齢ならゲーム機で遊ぶのが好きだろう。最新型となれば学校で自慢したりと楽しそうだ。

 だが、しょーへいの部屋にはゲームをする環境がない。


「ミミル、朝めしだ」

「はーい」


 質問に対する答えを返す前に、私はしょーへいが用意した朝食を食べるため座席へと腰をかける。

 ことりと小さな音を立てて、トレイが目の前に差し出される。

 フォカッチャとかいうパンに野菜やゆで卵、モモハムなどをたっぷり挟んで焼いたものと、ミネストローネという野菜たっぷりのスープが載っている。朱色のスープに散らしたパセリの葉が鮮やかで美味しそうだ。

 対面の席にもトレイが置かれ、そこにしょーへいが座った。

 二人で朝食を摂ろうとしていると、じとりと見つめるモモチチの姿が視界に入る。


「あ、ラテ淹れてきますね」

「おう、たのむ」


 モモチチはエスプレッソマシンがあるカウンター席の方へと小走りで向かう。グラインダーが豆を挽く音、ピッチャーでミルクを温める音が聞こえてくる。


「「いただきます」」


 ふたりで手を合わせ、先ずはミネストローネにスプーンを入れて口に運ぶ。

 燻製の香りと、ニンニクや各種の野菜の香りが風味として鼻に抜けていくと、噛んで溢れ出したベーコンの旨味、ほっこり甘いジャガイモ、歯ごたえのあるニンジン、スープを吸い込んだセロリ、ぬるりと厚みのあるほうれん草にトマトの酸味が口いっぱいに広がる。


 ああ、身体に染み込んでいくようで美味い。


「旨いな。今日のスープは裏ちゃんかい?」

「そうですよ。私も早く褒められたいなぁ……」

「モモチチのチチプリンは美味い」


 この店で甘いものを作らせたら一番上手いのがモモチチだ。特にチチプリンは牛乳の香りがしっかりとして、実に美味い。

 このモモチチ、店ではパティシエールとか呼ばれているらしい。


! チチプリンとちゃうから、ねっ?」

「ああ、確かに桃香の作るパンナコッタは旨い。コツを教わりたいくらいだ」

「やったぁ! 褒められたっ!」


 注いだラテをテーブルまで運んできたモモチチが嬉しそうに跳ね回るのだが、バインバインと上下するその二つの脂肪が目の毒だ。

 もげてしまえばいいのに……。


「で、今日はいつもよりケーキを多めに焼かないといけないからな。頑張ってくれよ」

「ええ、任せてくださいっ」


 しょーへいが褒めたことで急に元気になったモモチチが嬉しそうにハミングしながら厨房へと戻っていく。

 これでモモチチの玩具から解放された。しょーへいには感謝しかないな。


 とは言え、いまは食事中だ。

 余計な会話は避け、フォカッチャサンドに手を伸ばす。


 表面から漂う香ばしい匂いを吸い込みながら、大きく口を開いて齧りつく。

 ザクリとフォカッチャに歯が食い込み、レタスを齧るパリッという音がすると、焼けたフォカッチャとチーズの香りが鼻腔へと駆け抜ける。

 そして、マヨネーズが葉野菜に絡み、チーズとモモハムの旨味、トマトの旨味が混ざり合い、口いっぱいに広がる。


〈美味いな。これはしょーへいが?〉

〈翼が作ってたな。こっちは茹で卵と海老、アボカドが入ってる。交換するか?〉

〈もちろんだ〉


 昼の定食として出す料理の試作をこうして朝食に出してもらっているらしい。しょーへいとしては食費も安く抑えられるし、都合がいいのだろう。


 さて、交換したフォカッチャサンドをいただくとしよう。


 両手で持ってもずっしりと重く感じられるのはアボカドのせいだろう。

 ギュッと力を込めて潰してから齧りつく。


 茹でるのではなくニンニクで炒めた海老の香りがガツンと効いている。

 レモンの香りがするドレッシングが葉野菜や人参を包み込んでとても爽やかだ。しかし、逆からはマヨネーズに包まれた濃厚なアボカドと淡白な海老の味がやってくる。茹で卵が間に挟まることで味のコントラストがはっきりとしているのだろう。

 この二つが噛むたびに混ざり合ってまた一つの美味い味になっていく。


「ふわぁ……」


 一つ溜息を吐く。


〈すごく美味しい〉

〈ああ、それは女性は喜びそうな味だよな。逆にこっちは男性向けかな。しっかりと肉を食べてるという感じがする〉


 しょーへいはモモハムが入った方が好みなのだろう。確かにあちらも美味い。


〈ところで、桃香と何の話をしてたんだ?〉

〈サンタクロースとかにお願いするプレゼントのことだ。子どもにプレゼントを配って歩くという酔狂な老人がいるのだろう?〉


 ショーヘイは握ったフォカッチャサンドを下げ、呆れたような顔を見せる。

 何か都合が悪いのだろうか?


〈サンタクロースはいるが、全員にプレゼントを配っていない。

 その代わり、夫々それぞれが大切な人にプレゼントを贈る日になっていると思えばいい〉

〈では願い事はしなくていいのか?〉

〈願いがあるなら聞くぞ?〉


 しょーへいはそう話しかけると、そのままフォカッチャサンドに齧りつく。

 目線はそのままこちらを見ているので、何か欲しい物があれば言えといいたいのだろう。だが、私も特に欲しい物があるわけではないのだ。


〈むぅ……しょ、しょーへいはどうなのだ?〉

〈俺に何かくれるのか?〉

〈欲しいものがあるなら――だぞ?〉


 しょーへいは両手にフォカッチャを持ったまま、しばらく宙に視線を泳がせる。

 そして、困ったように眉を八の字にして返事をする。


〈特にないな。欲しい物を買う金はあるからな〉

〈そ、そうか。私もだ〉


 私自身は金など持っていないが、何も欲しい物はない。

 エルムヘイムでの暮らしと比べると、地球での暮らしは物質的に豊かだ。

 だが、私はそんなにに囲まれなくてもとても充実している。

 そして、それはしょーへいも同じようだ。

 いまの生活がとても充実していて、ではなく……という感じなのだろう。


〈それで、申し訳ないんだが今日が一番忙しい夜なんだ。悪いが、今夜も独りで夕食を食べてもらうことになる。たぶん、明日からはみんなと一緒だ〉

〈ああ、構わんよ〉


 右手に持ったスプーンでミネストローネを掬い、左手をヒラヒラと振って問題ないことをアピールしておく。

 ストリーミングデバイスを使ってアニメを見て言葉を勉強するのもいいし、ダンジョンに入るのもいい。とにかく好きなことをして時間をつぶすとしよう。


    ◇◆◇


 朝食を終えて部屋に戻った。

 ダンジョンに入ってもいいのだが、魔物を倒してドロップしたアイテムが溜まっているのでそれの整理をしないといけない。特に扱いに困っているのが皮だ。

 鞣し作業は液体に漬けて取り出し、洗ってまた違う液体に漬け込むといった作業の繰り返し。濃度の濃いタンニンへと順次漬け込む工程は一ヶ月にも及ぶ。最もダンジョンで時間経過が早いのは第十九層だが、そこでもこちらの時間で二日かかってしまう。今から作業するにはとても中途半端だ。


 仕方がないのでストリーミングデバイスでアニメを見ていると、楽器を使って演奏したり歌を歌う女の子たちがクリスマスパーティとかいうものをしていた。最後にプレゼント交換会というものをしている。


〝大切な人にプレゼントを贈る日〟


 しょーへいはそう言った。


 ダンジョンを攻略し、管理者となって半年以上が経過した。


 百億を超える人口がいる地球という世界では、しょーへいという存在は非常に卑小ひしょうつたない存在だ。それでもしょーへいは、言葉も通じず、金も、地位も――国籍さえもない私を大事に思い、大切にしてくれてきた。そして今も庇護下においてくれている。

 恋愛感情を抜きにして、いまの私にとって掛け替えのない、だ。

 そんなしょーへいにプレゼントを贈らないという選択肢はない。


 そしてしょーへいに雇われているとはいえ、私のことを陰ながら見守ってくれている裏ちゃん。いつも気遣ってくれる恋茉こまち。とても可愛らしく優しい翼。

 この人たちも大切な人だ。


 あ……あと、ついでにモモチチ。


 プレゼントを送ることは決定だ。

 モモチチだけなし――なんてことをすると可哀想なので、モモチチにも渡すことを前提にしよう。

 あとは、何を贈るか……だな。

 しょーへいから多少の小遣いは貰っているが、私に買えるものなど知れている。


 ううむ……。


    ◇◆◇


 部屋に入ってきたしょーへいに肩を揺すられて気がついた。

 夕食後に作業が終わって安堵したのか、眠ってしまっていたようだ。


〈起きたか?〉

〈うん、知らない間に眠ってしまっていた。久しぶりに根を詰めたからな……〉

〈営業時間も終わったし、今からみんなで簡単なパーティをするんだ。ミミルもおいで〉

〈パーティとな! 着替えたらすぐに行く!〉


 アニメを見てパーティとやらが楽しそうだと思っていたのだ。

 特にこのクリスマスという誰かの誕生祭はケーキが出てくるからな。

 本当に楽しみで仕方がない!


〈みんな待ってるからな。急いでくれよ〉

〈わかった〉


 完璧に部屋着用のシャツ地ワンピースになっているので、一応は人前に出るための格好へと着替える。

 センターテーブルに突っ伏して寝ていたので髪には問題ない。

 私はしょーへいの後を追うように慌てて下りた。


 一階に下りると、テーブル席に食事が並べられている。

 店員たちはカウンター席のところで飲み物を用意しているようだ。

 カウンターの内側には翼がいて、変わったグラスに泡の出る葡萄酒を注いでいる。あの隣にあるオレンジジュースはたぶん私の分だな。みんなが帰ったらしょーへいに私の酒も用意させよう。


「はいはーい、準備できましたか?」


 大きな声をあげて登場したのは裏ちゃんだ。

 何やら角が生えた動物の着ぐるみを着込み、鼻の頭には赤いボールのようなものを貼り付けている。

 その後ろには恥ずかしそうにもじもじとしたモモチチの姿が見える。白いふかふかした素材で縁取りをした赤い服を着ていて、とても短いスカートを履いている。腹立たしいことに胸が大きすぎるせいで服が釣り上がり、へそがチラチラと見えている。

 胸の大きさだけでなく、へそまで露出して色気を演出するなど卑怯としかいいようがない。やはりこいつは敵だ。


「ねぇ、なんでうちがサンタの格好なん?」

「バイトに頼んで辞められても困るやろが」


 ぼそぼそと二人の会話が聞こえてくる。どうやら、正規雇用されている二人だけが着ぐるみを着用しているようだ。


「ミミルちゃんも下りてきたことやし、始めましょか?」

「そうだな、みんなこっちでグラスを受け取って。ミミルはこれな」


 しょーへいが私のオレンジジュースを持って差し出す。


〈みんなで酒を飲むのはずるいぞ。後でいいから私にも飲ませるように〉

〈はいはい〉


 みんなに聞こえないよう、小声で話す。

 全員に飲み物が行き渡ると、しょーへいが一歩前に進み出る。


「えー、本日は僕のために誕生日のパーティを――」

「ちゃいますやん」

「なんでやねん」


 裏ちゃんとモモチチからツッコミが入ると、しょーへいは少し驚いたようにわざと目を瞠ってみせる。


「――え? ああ、では……メリークリスマス!」

「「「「メリークリスマス!」」」」

「メ、メリークリスマス!」


 突然乾杯が始まったので私だけ少し遅れてしまった。

 そうだ、最初にこうして「メリークリスマス」と乾杯するのがこのクリスマスパーティというやつだ。アニメでもそうだった!


 それぞれがひと口ずつグラスの中身に口をつけると、パチパチと拍手を始める。なんで拍手なんだろうと思いつつも、みんなに合わせて手を叩く。


「ちゅーても、少しは挨拶らしいことしましょうよ」

「ああん? 面倒だよ」

「あきませんよ。お店オープンして初めてのクリスマスなんやしっ」

「うーん、仕様がないなぁ」


 裏ちゃんとモモチチに説得されたようで、挨拶をやり直すらしい。

 しょーへいはこほんと一度咳払いをして、グラス片手に話し始める。


「えっと、この忙しいクリスマスシーズン最後の夜を無事迎えられました。これも皆さんが頑張ってくれたおかげです。ありがとうございました」


 しょーへいは、ずいとグラスを前に掲げて声に出す。


「メリークリスマス!」

「「「「「メリークリスマス!」」」」」


 みんなは笑顔でグラスを重ね「チン」と音を出す。


 各々が好きな料理を取って、食べ始める。

 会話は主にその料理のことだったり、飲んでいるお酒のだったりするのだが、十分、二十分と経てば少しずつ酒が回ってくる。となると、会話も砕けた内容へと変わってくるわけだ。


「で、ミミルちゃんはサンタさんにお願いしたん?」


 だから、モモチチ。その胸の谷間に私の頭を埋めて抱きしめないでくれないか。

 まぁ、今度は後ろからのハグだ。息ができるだけ少しはマシだが、料理を取りにいけない。しかも酒のせいか無駄に力が強いではないか。

 仕方がないので魔力を込めてスルリと抜け出す。


「大切な人にプレゼントを渡す日。いま持ってくる」


 本当は空間収納に仕舞ってあるのだが、みんなの前で取り出すのは良くない。

 まだ、私が空間収納を使うことができることを知っているのは裏ちゃんだけなのだ。

 態々わざわざ隠し階段の中にまで移動し、空間収納からみんなへのプレゼントを取り出すと、モモチチのところへと戻る。


「これはモモチチ」


 手渡したのは手書きの似顔絵だ。

 ダンジョン産の鉱石や宝石を加工してアクセサリを作ることもできるが、みんなは私がまだ小学生くらいの子どもだと思っている。

 プレゼントにそんなものを自作して渡したとなると騒ぎになりかねない。


「わぁ、似顔絵描いてくれはったん? おおきに、ありがとう」


 どうだ、私の描いた似顔絵は?

 エルムヘイムでは画伯とまで呼ばれたからな。なかなかのものであろう?


「見て見て! ミミルちゃんが描いてくれはってん。上手やわぁ」

「お、すごいやん」

「ええっ、これをミミルちゃんが描かはったん?」


 早速裏ちゃんと恋茉こまちが絵に反応を見せたと思ったら、翼はピザを咥えて拍手をしている。

 なかなか好評ではないか。


「みんなの分も描いた」


 裏ちゃん、恋茉こまち、翼の分を手渡しする。


「うおっ、これはすごい!」

「うわぁ、これはもう家宝にするしかないわあ」

「すごいっ!」


 三者三様の表現で私の絵に喜んでくれる。

 ダンジョンに潜らずに描いてよかったよ。集中力を使い果たして寝ちゃったけどね……。


「え、ちょ……ちょっとまって。なんでうちだけ「だいすき」って書いてないん?」

「それはなぁ……」

「とーかさん、その大きな胸に手をあててよく考えないと……ね?」

「うんうん」


 裏ちゃんが少し答えにくそうにしていると、恋茉こまちが代わって返事をする。その内容に妙に納得したのか、翼が大きくうなずいた。


「え、なになに? ちょ、ちょっ……オーナーはどう思います?」


 三人から冷めた視線で見つめられたモモチチはズリッと後ずさりすると、しょーへいに助けを求める。

 だが、しょーへいはこの騒動に気づいていなかったようだ。


「お、上手に描けてるじゃないか。さすがミミルだな」


 ポンポンと頭に手を置いて撫でられた。

 酔っているとは言え、これは貸しひとつだな。


「じゃなくて、私の絵だけ「だいすき」って書いてないんですよ!」

「そりゃ……まぁ、そういうことだろ」

「――!」


 自分の似顔絵を落とさないように握りしめたまま、モモチチは膝から崩れ落ちる。後ろから見れば赤い勝負パンツが丸見えだがいいのだろうか?

 いや、ただ衣装に下着を合わせたのかな?

 しょーへいからも、裏ちゃんからも見えないところだからいいか。


「で、俺の似顔絵は?」

「しょーへいはあとで」

「そっか、じゃぁ……俺からミミルにはこれをプレゼントだ」


 しょーへいがカウンター席の下から取り出したのは赤いリボンを結んだ緑の箱。


「――え?」


 正直、私がプレゼントを貰えるだなんて考えてもいなかった。

 そうか、私がしょーへいを大切に思うのと同じように、しょーへいも私のことを大切に思ってくれていたのだな。


「グズッ……」


 気がつけば涙が頬を伝っていた。

 ポロポロと涙が零れ、ぽたりぽたりと床へ落ちていく。

 でもそんなこと気にしていられない。


「嬉しい、すごく嬉しいっ!」


 気がつくとしょーへいに抱きついていた。

 身長差があるので鳩尾みぞおちあたりに顔を埋めている。

 するとそっと頭に手が置かれるのを感じる。大きくて温かい手だ。


〈異世界から独りでやってきて寂しいときもあると思う。でも、俺も、みんなもいる。寂しいときは思いっきり甘えていいからな?〉

〈でも、私はしょーへいより――〉

〈〝寂しい〟に年齢は関係ないだろ?〉

〈あ、うん……そうだな……〉


 嬉し涙はとめどなく溢れ続ける。

 だけど、流れた涙の分だけ知らぬ間に飢えていた何かが満たされる気がする。そしてもう一つ気がついたことがある……。


 


 私はその幸せを噛みしめ、しょーへいを抱きしめる腕に力を込めた。




────────────────────

この続きを書くとどうしてもダラダラとするので、ここで終わりにしました。

将平にプレゼント渡すところとか、ミミルが酔っ払うところとか書いても締まらないので……。


さて、ミミルは異世界では大賢者という地位にあり、孤高の人物でもありました。

地球にやってきてその重責から解き放たれたにも関わらず、その矜持や性格からどうしても人に心をすべて委ねることができない……そんなところがあります。

心から「仲間」と呼べる人達といる実感と幸福感が今回のテーマです。


なお、ミミルから将平へのプレゼントは……内緒です。

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