第75話
予兆がないのなら、特に魔力を消費する魔法を使う際は慎重にならなければならない。
魔物に囲まれた状態で魔力切れで倒れるという事態が起これば、生きては帰れないだろうからな。
『よちょう、かならず、ある。ない、おかしい』
「でも、何もなかったんだよなぁ……」
このダンジョンの管理者であり、数々のダンジョンを制覇してきたであろうミミルが言うことに間違いはないはずだ。
しかし、倒れる前に何らかの自覚症状のようなものがなかったのも事実だ。
「むー」
ミミルが
他に思いつくような症状がないか考えているのだろう。
だが、俺の記憶では倒れる直前まで
そうなると、魔力の枯渇ではない何かの理由で倒れてしまったとしか考えられない。
その理由に思い当たるものがあるか、ミミルに確認しよう。
「他に倒れる理由はあるかい?」
ミミルはいつものようにおとがいに指をあてて宙へと視線を泳がせ、
「思いつかない?」
『いしき、うしなう、たおれる……かご、える。しょーへい、かご、えた。ちがう』
確かに最初に加護を得るときにはさっきの夢の中と同じくらいの頭痛がしたが、今回は頭痛がして倒れたのではない。倒れたあとに見た夢の中で頭痛がしただけだ。
それに、俺は既に「波操作」という加護を得ている。ダンジョンで得られる加護は一人一つまでという決まりがあるのかどうかは不明だが、ミミルも俺が既に加護を得ているから違うと言っている。
「じゃぁ、違うな。他は?」
ミミルは両目を
思いつかない――ということだろう。
「ダンジョンにいることで病気や何らかの状態異常になるというのはあるかい?」
ミミルに尋ねる。
考えられるのは病気なり、精神や毒などの状態異常攻撃のようなものが原因となるものだ。
『まもの、どく、まひ、ある。き、うしなう、ない』
「細菌やウィルスの感染で起こる病気は?」
『ダンジョン、まそ、こい。ちいさい、いきもの、しぬ。びょうき、ない』
魔物から受ける攻撃に気絶というのはないらしい。
また、魔素が濃いので細菌やウィルスは死滅してしまうので病気にはならないと……このことは初耳だが、「病気がない」というのもミミルが長命であることの理由の一つなんだと考えると納得できる。
病気という観点で残る選択肢としては、俺が癌や骨肉腫、膵炎、肝炎などの病気くらい。これは、ミミルに尋ねたところで判明しない理由だ。
念のため、医者にでもいって検査してもらう方がいいかも知れないな。
考えられるもう一つの理由。
ダンジョンにいることで最適化されていく身体への副作用だ。
ミミルは魔素が存在する世界に生まれた――身体が魔素に慣れているだろう。
一方、地球には魔素が存在しない。
俺が初めてダンジョン内で魔物を倒したとき、頭痛と何かが全身に流れ込んでくるような感覚があった。流れ込んできたものが魔素だ。
そして、これまでは食事をし、充分な睡眠をとることで維持してきた身体がダンジョンで魔物を倒すことで魔素を取り込んで魔力として利用できる身体に変わった。
だが、その変化が起きたのはほんの数日前のことだ。
アルコールは肝臓で分解できるだけの量であれば酔いは弱いが、肝臓の処理能力を超える量を飲んでしまえば急性アルコール中毒を起こしてしまうし、肝臓が弱れば尿酸を処理しきれずに痛風になったりする。
魔素を魔力に変換する能力が目覚めたとは言え、その能力が成長途中であれば、処理能力に限界があってもおかしくない。
そしてその限界がきたとき、人間は気を失うと考えてみたらどうだろう。
つまり、魔素の取り込みすぎによる副作用というものだ。
「ミミル、魔素の取り込みすぎという理由は考えられないか?」
『ない。しょーへい、いま、だんじょん、なか』
確かに倒れたあともダンジョンの中にいるな……。
現在進行形で魔素を取り込み続けているわけで、魔素を魔力に変換して蓄積しているはずだ。
ということは、魔力の取り込みすぎによる副作用という線はないわけか。
結局、俺が気を失った原因は不明のまま。
今後、魔物と戦っている最中に倒れるということがないよう、原因だけは明らかにしたいところだが、いまのところは俺自身が何かの病気にかかっている可能性がある……こと以外には考え難い。
やはり、機を見て人間ドックには行くことにしよう。
ふとポケットのスマホを取り出してみる。
時刻は〇時二三分と表示されている。
確か、厨房で飲み物を用意していたときに見た時刻は二三時だったはず。地上の十分はダンジョン第二層の一時間なので、ここで七時間を過ごしたことになる。そのうち気を失っていた時間はわからないが、いま戻っても目覚めたばかりで眠れないだろう。
とりあえず、十時間ほど魔法の練習をしたら地上に戻ることにしよう。
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