第74話
目を開くと、薄暗くひんやりとした部屋の中。
ぼんやりと光る石でできた天井。
泉の水を飲んで、頭が割れるのではないかと思うほどの痛みに襲われたというのに、いまは全くその痛みが残っていない。
「夢……なんだろうな……」
俺はダンジョン第二層の入口を上がったところ……大きな石が組み上げられ、祭壇のようになった場所でミミル大先生の指導を受けながら魔法の訓練をしていたはずだ。
魔法で石を出すときに魔力の流れに
目を開くと俺はなぜか広い草原に巨大な木が生えた場所にいた。妙に喉が渇いた俺は、見つけた泉の水を飲んだのだが、直後に激しい頭痛に襲われた。
とにかく「痛い痛い痛い!」としか頭の中に浮かばない。冷静に対処法など考える余裕もなく、自然に
痛みを堪えていると、視界が再び暗転し、目が覚めたらここにいた。
いま、第二層の入口部屋で寝かされているのはミミルが運んでくれたからだろう。
最初に視界が暗転した場所と目覚めた場所のことを考慮すると、巨木が生えた草原にいたのは夢の中――そう考えるのが自然だろう。頭痛が妙にリアルだったのは不思議だが……。
『き、ついた?』
少し離れたところで何かの作業をしていたミミルが声を掛けてくれた。立ち上がり、地面から起き上がった俺の方へと向かってやってくる。
「ああ、うん……。ここまで運んできてくれたんだな。ありがとう」
『き、しない。ぐあい、どう?』
「うーん、たぶん大丈夫だろう」
硬い石の床に寝かされていたのもあって、また全身に痛みが残っているが、頭痛も治まっているので不調なところはない。
立ち上がって両腕を高く伸ばし、背伸びをする。
左足を前に出して、腰に手をあてて上体を左右に捻ったり、ふくらはぎの筋肉を伸ばしてみたり……準備体操のようなものをしてみるが、身体に違和感など感じることがない。
「で、俺はどれくらい寝てた?」
ミミルは階段出口の方へと指をさす。
出口から見える空は深い青。そこに無数の星が
ミミルは俺からすると異世界人。
異世界には異世界の時間と単位があるはずで、時間感覚も異なって当然だ。何気なくメートルだとかの単位を使って説明したことがあるような気がするが、そこは上手く翻訳機能が働いているようで正しく伝わっている……はずだ。
だが逆にミミルがいた異世界側の時間単位で説明されても、地球の――日本の時間単位に変換されるかというと、いまのところはわからない。ミミルとの間で行われている翻訳がどのような仕組みで行われるのか俺は知らないからだ。だが、ミミルが俺に単位を使って何かを説明するということをしないところをみると、ミミルは異世界の単位が日本側の単位に変換されないと思っているのだろう。
いずれにしても、何時間何分という具体的な数字で説明してもらえるわけではなさそうだ。
いま俺が言えるのは――。
「夜になってしまったか……」
ミミルは首肯で俺に返事をする。
なにやらモジモジとしているところを見ると、俺に何か言いたいのだろう。
「どうかしたか?」
『しょーへい、たおれる。げんいん、まりょく、たくさん、つかう、すぎる』
「倒れた原因は、魔力の使い過ぎってこと?」
『ん、ちゅうい、ふそく。ごめんなさい』
魔力を使いすぎると倒れることがあるんだな……今後気をつけよう。
それにしても、ミミルはなんで謝るんだ?
魔力を使いすぎたのは調子にのって殆ど休憩せずに魔力を使い続けた俺に原因がある。
『おしえる、ない。おしえる、たおれる、ない』
確かに教えてもらっていれば倒れるなんてことはなかったかもしれないが、ゲームのMPのように残量を視認できるわけでもないので仕方がないだろう。
それに、魔力をドバドバと流し続けるような訓練をしていたのだから、魔力を消費し続けていたわけだ。それも原因だろう。
「気にするな――」
『むぅ……おしえる、わすれる。しょーへい、ようす、みる、おこたる、ミミル、わるい。ごめんなさい』
何やら眉尻を下げてまたミミルが謝ってくる。
もう終わったことなので、今後は伝え漏れがないようにしてくれればいい。それに、この小さな身体で意識を失ったオレを安全なこの場所まで運んでくれたんだ――文句をいう気にもならない。
「わかった。それよりも、魔力切れの予兆みたいなのがあるなら教えてほしいな……。また何も知らずに倒れたくないんだ」
『ん、ひと、それぞれ。ひんけつ、ちかい。めまい、つかれ、ずつう、いきぎれ……』
ミミルが症状を教えてくれるのだが、俺には心当たりがない。
「該当するものがないな……というか、他の症状さえもなかったと思う」
ただ魔法で水を出していただけで、何か症状があったかと聞かれるとなかったはずだ。
これは予兆について尋ねるだけ無駄だったかな?
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