第76話

 ダンジョン第二層の入口部屋。

 そこで俺はひたすら魔法の練習を続けていた。


 水を出す魔法で一度気を失ったが、その直前に成功していたのでコツを覚えたのだろう――よどみやむらもなく、右のてのひらから水が出てくるようになったし、左のてのひらには砕いたように角が立った石をバラバラと溢れるほどに生み出すことができるようになった。


「ミミル、火や雷とかも出せるのか?」

『ひ、しつない、きけん。おくがい、やる。かみなり、むり』

「そうだな、確かに酸欠とか考えたら入口部屋の中で火の魔法を使うのは危険だな……でも、どうして雷は無理なんだ?」


 ミミルは何かの作業をしながら俺を見上げると、軽く首を傾げて念話を飛ばしてくる。


『かみなり、げんり、ふめい』

「あぁ……うん、そうか。そうだなぁ……」

『そうぞう、かのう。はつどう、しない』


 雷の仕組みの説明でよく使われるのは積乱雲。

 地表付近で暖められた湿った空気が上昇気流に乗って上昇する。暖かく湿った空気は上空の冷たい空気に冷まされ、飽和ほうわ状態になって水滴が生まれ、やがて雲粒、氷晶、あられへと発達するのだが、その際に雲の中で氷晶や霰同士で擦れ合い、静電気が発生する。

 発生した静電気は雲の上層では正の電荷でんか、下層に負の電荷でんかになって溜まり、下層の負の電荷でんかから地上の正の電荷でんかに対して放電される。


 こうして考えてみると、雷の仕組みを理解し、雷を魔力で再現するには複雑すぎるよな。

 少なくとも暖かく湿った空気と冷たくさめた空気を作り出す必要があることがわかるし、上昇気流をコントロールする必要もある。そこまでやって、目標物――ターゲットを狙って雷を落とすなどという芸当まで要求されるのだから、時間も魔力もかなり消費することになるだろう。現実的ではない。

 それならスタンガンのように高圧電流で魔物の動きを封じる魔法から考えるのがいいだろう。

 ただ、昇圧させて放つ電流を魔力で生み出す方法が見つかれば……の話だな。

 まずはミミルにもう少し電気のことを教える必要がありそうだ。


「とりあえず、電気を魔力をつかって作り出すところから始めなきゃ無理だろうな」

『デンキ、しくみ、ふめい』

「洗濯機やエレベーターなんかの説明のときに、教えた範囲だけじゃ難しいか?」

『ん……』


 念話と共にミミルが小さく頷く。

 例えば、乾燥した冬場に静電気が身体に溜まり、ドアノブなどを触ろうとした瞬間に音を立てて放電するよな?


〝魔法は想像し、創造するもの〟


 自分自身に静電気を纏った状態をイメージする。

 といっても、静電気は目に見えないものなので成功しているかよくわからない。

 石で組み上げられたこの第二層入口部屋の壁を触れば簡単に地面へと電気が流れてしまう。となると――。


「ミミル、ちょっと手を出してくれるかい?」

『――ん?』


 どうやら大きなかめの中に魔物の皮を入れて漬け込んでいるようだ。恐らく、なめし作業でもしているのだろう。

 その作業の手を止め、ミミルは「しょうがないな……」といった感じで面倒臭そうに右手を差し伸べる。

 俺は、ローブの裾から伸びたミミルの細くて白い小さな指にそっと右手の指先を近づける。

 いまから自分がすることの結果が解っていると、なかなか勇気が必要だ。ずと指を伸ばしていく。


 そして、指が触れる直前――ごく小さな光が弾け、パチンと短く高い音が出る。


「――ヒャウッ!」


 ミミルが驚いて声を上げた。

 自分が思っていたよりも溜まった量が多かったようだが、思ったとおり嫌な静電気の再現に成功した。

 成功はしたようだが……。


『いたい、いま、なに?』


 両腕を腰にあて、俺の前に仁王様のように立つミミル。

 どうやらご立腹のようだ。


「すまんすまん、少し実験してみたくなってね」


 静電気の実験をするなら、先に伝えておくべきだった。


「魔法で静電気を作ることができるか、試したかったんだ」

『セイデンキ、なに?』


 ミミルは静電気に興味を持ったという顔ではない。目つきが座っているところを見ると、まだお怒りのようだ。


「静電気は、何かを擦ったりしたときにだな……身体に電気が溜まるんだよ。で、ミミルに指を近づけたら放電――小さな雷が発生したってわけだ」

『ちいさい、かみなり……』


 ミミルは右手をすっと目線の高さに上げ、指先をじっと見つめる。放電した静電気で指先が少し赤くなっているが、火傷するほどの力はなかったようだ。

 どうやら俺の指先に静電気が集まり、そこから放電したみたいだ。何故か俺の方にはダメージがないので、もしかするとレーザーサイトと同じように指先から少し離れたところに静電気が集まっていたのかも知れない。

 いずれにしても、ミミルに怪我をさせなくて済んでよかった。


 俺がそっと胸を撫で下ろしていると、突然ミミルが俺の右手を取り、ギュッと力を込める。


『しょーへい、セイデンキ、教える!』


 ミミルはいつもよりも瞳を輝かせ、見上げるように俺を見つめている。


 どうやらまたミミルの好奇心に火を着けてしまったようだ――。

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