第56話

 離れたところにいるクロハネコオロギに狙いを定めるべく、その頭部に向けて指を向けて再度イメージする。


 ――赤い光線レーザーサイト


 一ミリにも満たない細い線が指先から真っ直ぐ伸びていく。


『しょーへい、それ、なに?』


 ミミルが目をみはって俺のことを見上げているが、今はそれどころではない。

 この光線を維持することで精一杯だ。


 指を動かし、二〇メートル近く離れたクロハネコオロギの頭に狙いを定めると、中指から一五ギガヘルツくらいのイメージで電磁波を飛ばす。もちろんこちらは高出力だ。


 この間、四秒くらい。


 遠くにいたクロハネコオロギは、断末魔の声さえあげることなくその場に崩れ、魔素となって霧散する。

 思った通りだ。レーザーサイトがあれば多少離れていても、クロハネコオロギやミドリバッタ程度の魔物なら倒すことができる。


『しょーへい、なに、した?』


 そういえば、電子レンジのことは図鑑を使って説明したが、電磁波にも波長によっていろいろと分類されていることを教えていなかった気がする。


「目に見える電磁波――収束された光を出して、狙いを定めたんだ」

『め、みえる?』

「光も波でできているんだ。だから、それを操作しただけだよ」

『ひかり、なみ……』


 ミミルは眉間みけんしわを寄せ、少しうつむいて考え込んでいる。


 音が波である。聞こえる音、聞こえない音がある。

 光が波である。見える光、見えない光がある。


 科学が発展しづらい環境にいれば、そういうことを知らなくてもおかしくはない。


 まぁ、電磁波については図鑑で電子レンジを説明するときに教えてあるからわかるはずだ。


「簡単に言えば、マイクロ波と呼ばれる周波数帯の電磁波を使った調理器具――それが電子レンジ。

 さっきの光線は大雑把おおざっぱに言えば、指向性、収束性が高く、目に見える電磁波だな」


 指先から赤い光線を出しながらミミルに説明する。


「目に見える、見えないは周波数帯で決まる。電子レンジの電磁波は目に見えない周波数帯でできているということだよ」

『むずかしい』


 言い換えると、俺が使ってきた電磁波攻撃は、不可視のレーザー光線で魔物の脳を焼く攻撃ということなのだが――また部屋に戻ってから説明することにしよう。


「またあとでな」


 ポンポンとミミルの頭を撫でる。


『む、こども、ない』

「そうだな……」


 これで意識が違う方向に向いてくれたことだろう。いつまでもレーザー光線のことばかり考えられていても困るからな。


 それから数分掛けて周囲にいたクロハネコオロギ、ミドリバッタ、ヒラハコオロギを難なく倒し、魔石やドロップ品を集める。

 まぁ、肉のようなものはドロップしないと思っていたが、脚ばかりだ。


『や、ざいりょう』


 何に使うものなのか見て考えていると、ミミルの声が届いた。

 なるほど……軽くて真っ直ぐに伸びたこの脚なら矢の材料に最適だろう。表面に生えた棘のようなものを落とせば、かなり精度のいい矢になるんじゃないだろうか。


「でも、矢を使わないからなぁ……」


 そういえば、俺の技能としては短剣よりも弓の方が高いのだ。

 理由はやはり実家の方針みたいなもので、弓道を学んだのが大きいのだろう。それに欧州修行のときに狩猟なんかにも駆り出されたことも関係しているのかも知れない。当時は和弓との扱いの違いに驚いたものだ。


『つかう、くる。わたし、もつ』

「そうだな。よろしくな」

『ん――』


 ミミルがどんな状況を想定しているのかわからないが、いずれ使うときのために持っておくというのなら持っていてもらおう。

 このまま放置して魔素に還ってしまうのもなんだかもったいない。


 ドロップしている魔石はミドリバッタが緑色。他は琥珀こはく色だった。ミドリバッタだから魔石が緑色なのだろうか?

 いや、緑色だからミドリバッタなのか?


「ミミル、この魔石の色は何か意味があるのか?」

『ぞくせい。みどり、かぜ。こはく、つち。みずいろ、みず』

「属性の種類はどんなものがあるんだ?」

『かぜ、つち、ひ、みず……いろいろ』


 ラノベとかで出てくる属性と同じようなものだろう。

 五行だと風、土、水、火とくれば金、ファンタジーの世界のように光と闇みたいなのがあるのかも知れない。

 いずれにしても、あとで詳しく聞いた方がよさそうだ。


「また詳しく教えてくれ」

『ん――』


 それから数百メートル進んでも音波探知に引っかかるのはさっきからミドリバッタとクロハネコオロギ、ヒラハコオロギばかりだ。

 レーザーサイトが使えるようになってからは離れていても狙いを誤ることなく電磁波攻撃ができているので非常に楽だ。例え魔物が向かってくるようなことがあっても、奴らは単調な動きしかしないので狙いをつけやすいので助かっている。


「本当に俺が強くなってる気がするな」

『ん、しょーへい、つよい。おかしい』

「おかしいって?」

『――しっ!』


 ミミルが手を横に伸ばして俺の動きを制する。

 俺の音波探知にも既に引っかかっている――魔物だ。


『ナカバカマキリ……かまこうげき、とぶ、かみつき』

「そうだな、えらく立派なカマキリだ……」

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