第57話

 最初に音波探知にその姿を見つけたのは数秒前だが、ミミルも何かの方法で見つけていたらしい。

 ナカバカマキリという名の魔物の大きさは一二〇センチほど。つまり、ミミルとあまり変わりがない。ただ、カマキリという名がついているようだが体型は蜘蛛に近く、腹の部分が丸い。その丸い腹の上に胴体があって、そこから四本の脚と鎌状になった二本の前脚が生えている。

 一二〇センチほどの大きさがあるということは頭の大きさもそれなり――つまり、人間と然程変わらない大きさがあるということだ。充分に人間も捕食対象となるのだろう。地球のカマキリがハチドリや蛙を捕食することがあるように、このナカバカマキリという魔物も異世界側では人を捕食する生物かも知れない。獰猛で危険な魔物――ということだ。


 それに、地球のカマキリはコウモリの超音波を聞き、捕食されないように飛び方を変えると聞いた。俺の音波探知が出す音はコウモリが出す音よりも高周波だが、奴にはその音が聞こえていて、俺の存在に気づいている可能性がある。

 そして、カマキリの目は動くものまでの距離を測ることができる。カマキリが獲物を狙うときにすぐ動かないのは、獲物が動くのを待ち、距離を測るためなのだ。


 さて、ナカバカマキリはまだ俺たちの探知圏に入ったばかり。距離は充分にあるので、このタイミングで攻撃を受けることは先ずないだろう。だが、とにかく動けば奴に距離感を掴まれることになる。

 ミミルもこのことを知っていて俺に動かないように指示したのだろう。


「どうする?」

『きょり、とおい』


 こんなときにコンパウンドボウがあれば狙うこともできたかも知れないが、手元に無いものはどうにもならない。

 少しでも動けば襲いかかってくると想定できる相手にする方法は……。


「別々に動こう。あいつも二人同時には相手にできないだろう」

『ん――』


 ミミルなら襲われても無傷で倒せる相手だろう。

 俺はというと、三〇メートル程度まで近づいてきてくれればなんとかなる気がする。


「いくぞ」


 足元の草で隠れるくらいにまで頭を下げ、ミミルとは逆方向へと四つん這いで急いで移動する。

 視界の端に映ったナカバカマキリは俺たちが動いたのを見て翅を広げ、低く飛び立つ。


 四秒ほどでナカバカマキリは俺とミミルが立っていた場所に着地するが、そのときにはもう遅い。


 ――赤い光線レーザーサイト


 数メートル横に逃げ、仰向けに倒れた俺の指先から針のように細く赤い光がナカバカマキリの頭部に照射されると、一瞬で表面に焦げ目が現れる。

 狙いを定め、即時に電磁波を浴びせて脳を焼き切った。


 念の為、抜いた短剣を構えて近づいていく。


 どうやら完全に脳死しているようだ。

 腹や胴体はまだ動いているが、反応しない。


 ナカバカマキリの一二〇センチ近い身体に近づき、少し観察してみる。

 やはり確認すべきは前脚の鎌――関節部分で短剣を振り抜いて切落し、手にとって見ると黒い刀身に刃が白銀色に輝いている。ずしりと重いし、金属でできているようにしか見えない。


 こんな鎌で襲われたら、ひとたまりもないだろう。


 子どもの頃、カマキリというとなんだかカッコいい昆虫のひとつだった気がするが、こうなると流石に怖い。地球のカマキリはハチドリを襲うと脳みそを吸って食べるとか聞いたことがあるが、この大きさのカマキリに襲われて脳みそを吸われるとか、考えただけでもおぞましい。


 すると、俺の右手に持っていた鎌の部分も含め、ナカバカマキリの身体が魔素になって霧散していった。


『どうした?』

「あの鎌で襲われたらやばいなと……」

『オオバカマキリ、おおきい。つよい』


 オオバとかナカバというのは、イワシなどのサイズを示す大羽や中羽のようなものなのか?

 確かに大きくなれば強くなって危険度も上がるだろうが、具体的にはどのくらいの大きさなんだろう。


『オオバカマキリ、ぜんぶ、あし、かま』

「そりゃすごい……」


 前脚だけでもこれだけの威圧感があるというのに、すべての足が鎌になっているならナカバカマキリよりも何倍も危険だ。どの足で切り刻まれるのかとか考えるだけでもゾッとする。


『きょじんぞく、おおきい』

「巨人族ねぇ……」

『む、信じる!』


 ミミルは両手を腰に当てて俺を見上げるようにして胸を張っているが、見たことがない巨人族を引き合いに出されても俺にはわからないだけだ。だが、どうも勘違いされてしまったようだな。


「だいじょうぶ。ミミルのこと、信じてるから」

『ん――』


 何故かポコっと胸元をグーで叩かれた。

 なんでだろう。


   ◇◆◇


 ナカバカマキリと戦ったあと、ミドリバッタやクロハネコオロギ等を倒しながら二〇分ほど歩いていると、目の前に大きな池が現れた。


 蒲のような植物が水面から伸びて実をつけている。

 水辺特有の藻や水草の匂いが漂っていて、水辺はかなり湿った土で足場が悪い。


『しょーへい、ちゅうい』

「――ん?」

『じめん、まもの――』


 ミミルの声が頭に響いたとき、泥濘んだ地面からそいつが現れた――。

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