第55話

 凍った川面を渡り、対岸に着くと草原側へと上がった。

 川を渡った先も草原になっているが、入口から出てきたあとの草原とは少し雰囲気が違う。


 先ずはすぐ目の前に八〇センチはあるバッタがいることだ。


 バッタがよだれのような液体を口から垂らしながら理解できない声をあげる。


 一〇メートルくらい離れた場所で奇声をあげているが、どう考えても餌となる葉っぱの大きさと、バッタのサイズ感が合わない。長い触覚が後ろに向かって伸びているのと、翅の形が丸みを帯びているところが地球のバッタとの違いだろう。


 本当に異次元の先にある異世界はこんな生き物がいるのだろうか?


『ミドリバッタ……とぶ、やっかい。じゃくてん、あたま。かみつく、たいあたり、おしつぶし、しょうかえき』

「そうだよなぁ……」


 バッタの攻撃手段としては葉っぱを齧るその歯と顎の力、あとは高くジャンプしてのボディプレスみたいな攻撃しかなさそうだが、翅があって飛べるのが厄介だ。

 それに、虫には心臓がない。背中にある背脈管がその役割を担っている。

 だから心臓よりも頭部が弱点になるというのは理解できる。しかし、蟻や蜂ならば首の付根が細くなっているので比較的切り落としやすいが、バッタは頭の部分が大きく、首に当たる部分も結構太いのだ。

 簡単に切り落とせる自信がない。


 相対すると、八〇センチほどの大きさということはそれなりに重いかと思ってしまうが、その大きさに見合う重さでは羽ばたいて飛べるはずがない。比較的軽い身体をしているというのが現実的なところだろう。

 だったら、また蹴り上げてナイフで首を叩き切るか、正面から眉間――眉毛はないようだが――を狙ってナイフを突き立てるか。

 頭にある脳に電磁波を浴びせるという方法も残っているな。


 だが、そんなことを悠長に考えている時間を魔物は与えてくれない。


 早速、翅を広げて俺に向かって飛び立とうとしてくる。体当たりだ。


 なんでミミルには行かないんだろうな……魔物からすると俺が弱そうなのかな?


 などと思いながら、瞬時に抜いた短剣を眉間に突き立て、突進を受け止める。


「おいおい、弱すぎないか?」

『しょーへい、そつぎょう』


 カードの色が変わっていたことで、少なくともミドリバッタとかいうこの魔物は相手にならないということなんだろう。

 まだまだこの草原は広いから、手応えのある魔物がいるはずだ。


 そう思ってあたりを見渡してみても、視界に入るのはこのミドリバッタとかいう魔物、コオロギやスズムシのような虫系の魔物ばかりだ。

 まずはコオロギの方を指さしてミミルに訊いてみることにしよう。


「あれは?」

『クロハネコオロギ……ミドリバッタ、にてる』


 全体に黒っぽい色はコオロギらしい。翅も黒いのでクロハネコオロギというのも納得だ。確かに形はミドリバッタに似ている


 まぁ、このあたりの草食系の虫なんて似たような攻撃しかできないのだろう。

 ただ、大きさは明らかにミドリバッタの方が大きく、六〇センチくらい。ボディプレスのような攻撃は弱そうだが、翅は大きいので高く飛ばれると短剣では届かないので厄介そうな気はする。


 ただ、幸いにもこちらに気づいてはいないようだ。


「その向こうにいるのは何だ?」

『ヒラハコオロギ。ちいさい、よわい』


 見た感じはスズムシの雄のように平たい背中をしている。大きさは四〇センチ程度と、確かに小さい。とりあえず、頭が小さいので倒しやすそうだ。

 ただ見た感じだと翅を広げて鳴いたりするんだろう。日本のスズムシの鳴き声はなんとも軽快で涼し気な印象を受けるのだが、この世界のスズムシはどんな感じなのだろう。


『よる、なく』

「そりゃ残念だ」


 まだこのフロアの太陽にあたる発光体は真上近くにあるからな。少なくとも六時間くらいはこいつらも鳴きださないということになる。


 周囲には結構な数のヒラハコオロギ、クロハネコオロギ、ミドリバッタがいるわけだが、どうやってここから移動するかだ。

 念の為、音波探知を掛けると俺を中心に半径五〇メートルの範囲内にミドリバッタが二匹、クロハネコオロギが三匹、ヒラハコオロギが五匹いる。


「どうする?」

『しょーへい、たおす』

「え?」


 なんか、急にスパルタになった気がするぞ。


 確かにツノウサギのツノのような鋭利な武器っていうのは周辺の魔物たちにはない。

 スライムやオカクラゲと同じで任せられるのも理解できないわけではないが、数が結構いるのは気になってくる。まとめて襲いかかってきたりしたら対応できないことも有りえるが……。


 そっとミミルの顔を覗き込むと、ぷいと顔を背けられてしまった。


「やるよ、やりますよ」


 仕方がないが、ついでにレーザーサイトも試しておこう。

 ここは周囲が緑、空が青だから、同系色は見えにくい。赤色の収束光を右手の人さし指から出すイメージ。あくまでも目印をつけるためのものだから、出力は最低限でいいだろう。


 二〇メートルほど離れたところ……運良く見えやすい場所にクロハネコオロギがいる。

 他の魔物は草で隠れているからレーザーがあってもポインティングできないからな。


 試しに足元へと光を出してみると、問題なく赤い点が指先の動きに応じて動いてくれる。


 これはいけそうだ。

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