第54話
ツノウサギやオカクラゲ、スライムが出てくるフィールドを更に一時間ほど歩いた頃、遠くに森が見えてくる。見るからに広葉樹がたくさん生えている。恐らく中に入れば上の森と下の森ができあがっていて、苔や下草が生い茂った原生林になっていることだろう。
ただ、ミミルはその森の中に真っ直ぐ進むわけではなく、外縁部に沿って歩き始めた。まるで何かを探しているようだ。
「何か探しているのか?」
『ん――』
尋ねたところで何を探しているのかまでは教えてくれない。
恐らく、俺がこのあたりに来きたことが初めてだということや、念話で説明しても探し物の大きさや形状だけで説明しきれないと判断しているのだろう。
言葉を変えると「面倒臭い」と思われているということだ。
するとミミルは何かを見つけ、その場に屈んで生えている草を一つ引き抜いた。
『モギ』
ミミルはそう伝えると、手に持った草を俺に向けて差し出す。
なんだか、どこかで見たことがあるような葉だ。
『しけつ、やくそう』
おおっ! 薬草と聞くと、いかにもファンタジー世界って感じがするよな。
これは止血の薬草……怪我をした時に使うんだろう。
見た目は……そうだ、ヨモギだ。名前も少し似ているな。確か、昔からヨモギも止血に使われる薬草だと聞いたことがある。
違うところはヨモギのように裏側に綿毛のようなものが生えていないところだろうか……他にもあるかも知れないな。
「モギね。わかった、摘めばいいのか?」
『ん。くすり、つくる』
これで薬を作るというわけか。そういえばスライムを倒したときのゼリーも薬になるって言ってたな。
ヨモギは地下茎で広がる草のはずだが、このモギという草は違うようだ。地下茎で広がるならまとまって生えてくれるので集めやすかったのだが残念だ。
三〇分ほどかけて、結構な束になるくらいのモギを集めてきた。
もちろん、そのあたりに出てくるスライムやオカクラゲも退治しながらである。奴らは自ら攻撃してこないので楽でいい。
モギとスライムゼリーを合わせてミミルに渡すと、笑顔で受け取ってくれる。
もう機嫌の方は気にする必要は無さそうだ。
『さき、いく』
ミミルがまた森に向かって歩きだし、俺もそのあとに続いた。
途中、またスライムやオカクラゲ、ツノウサギなどが現れるがもう相手にならない。
単純作業でそれらを倒しながら、二〇分ほどで森の辺縁部へとやってきた。
森の中は予想通りの原生林。最高の森林浴が楽しめそうだ。
だが、ミミルは森のなかには興味を見せず、辺縁部に沿ってただ歩いている。こちらに第二層への出口があるのだろうか?
そんなことを考えていると、森が途切れているのが見えた。
『かわ』
ミミルが指さした先には森の方から流れてくる川があった。
反対方向にあった小川とは違い、森や草原を抉るように深く流れていて、それなりに川幅がある。川原も川の中も丸い小石がたくさん敷き詰められているところをみると、中流域あたりということだろう。
川面は透明な水がキラキラと太陽の光を反射していて、かなり眩しい。川の中に魚でもいるのなら釣りなど楽しめそうなものだが、こう眩しくては確かめようがないのが残念だ。
ミミルは川原で立ち止まり、おとがいに人さし指を当てるいつものポーズで何かを考えている。
「どした?」
『わたる、はし、かんがえ』
キラキラと川面が反射しない方向を見てみると、なかなか深い場所もあって簡単には渡れそうもない。川の流れに沿って歩いてみれば膝よりも下くらいの深さしかない場所もあるかも知れない。いっそのこと、流木でもあれば橋を作れるかも知れないのだが、見回してみても都合よくそのような漂流物はないようだ。
だが、ここから見ても川はここから明らかに遠ざかる方へと曲がっているので、ここで橋を渡ってもあまり歩く距離は変わらない気がする。
「もう少し下るか?」
ミミルは俺の声に左右に首を振る。
『さき、ぶんき。はし、ふたつ、ひつよう』
そうなると橋を作るにしても一つで済む方法を選ぶのもわかる。
だが、どうやって橋を作るつもりなんだろう。
この川のそこは角が取れたまるい石でできているから、単純に重いものを乗せても安定しない。それこそ、削れた草原側から橋を掛ける方がいいだろう。
『まほう、かわ、こおる。しょーへい、さがる』
「お、おう……」
魔法で川を凍らせるなどと聞いたら近くでどうやるのか見ていたくなるが、さすがに危険を伴うのか離れるように言われてしまった。魔法は想像し、創造するのだとミミル自身が言っていたんだから、実際にその過程を見ていたいと思うのは仕方がないと思うのだが、残念だ。
五歩、六歩とミミルから離れると、ミミルが両手を前に掲げる。
すると川の水が一瞬で凍ると、周囲の気温が下がり肌寒くなる。
ミミル手製の服とはいえ、綿のような素材でできているので保温性が足りない。
凍えそうになりながらも待っていると氷の厚みが充分なものになったのか、ミミルが凍った川面を歩き出した。
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