第45話

 今日はミミルにアルコールが入ってしまったので、ダンジョンには行かないことになった。いや――俺の方が酔っていたかも知れない。

 その代わり、ミミルが作った服を試着させられ、ウエスト等のサイズをチェックされた。

 意外なことに、小さく見えたズボンのウエストは丁度いい感じだ。

 ダンジョンに入ることでかなり歩き回るようになったからな……その影響でせたのかも知れない。実際、昨日は三〇キロ以上は歩いていたはずだ。


 食後は風呂に入り、また日本語教室の時間。

 昼間は食事に関係する動詞だけを教えてみたが、就寝前なので「寝る」や「起きる」、「目覚める」、「立つ」、「座る」などの言葉を中心に教えた。


 言葉を覚えていくのが楽しいのか、ミミルは終始ご機嫌だった。


   ◇◆◇


 朝、目覚まし時計に起こされると、ミミルを起こして歯を磨く。

 今日の朝食はベーコンエッグにトースト、そして野菜サラダを少し。

 った朝食を作るのもいいが、それはもう少し調理器具がそろうまで我慢することにした。


 そして、朝食後にミミルから声が掛かる。


『ぶき、ない?』


 昨日、ミミルから手作りの防具類は貰ったものの、武器はまだミミルから借りているナイフしかない。

 これからダンジョン内でどんなところに連れて行かれるかわからないが、俺も武器は持っておくほうがよいとミミルは思ったのだろう。


「どんな武器がいいと思う?」


 質問を質問で返すかたちになってしまったが、魔物に対抗できるほどの殺傷能力があるものを入手するのは非常に難しい。

 それなら、ミミルが想像する武器とはどんなものかを確認し、それが手に入るかどうかがを考えるほうがいい結果が出るだろう。


 ミミルはおとがいに指を当てて、またちゅうを見るようにして考える。


『つるぎ、やり、おの、ないふ……』


 ポンポンと武器の種類が挙げられていくが、残念ながら剣と槍のようなものはコスプレ用の模造品しか手に入らないだろう。

 また、入手可能なナイフ類は刃渡りが短いものばかりだ。もう少し魔物が大きくなると心もとない感じがする。

 弓なら欧州修行時代に教わって使ったことがあるのだが、弓を引く力も必要だし、弓を引いた状態を維持して狙いを定めないといけないので、非常に難しい。

 動いている的に当てるなど神業かみわざと言ってもいいだろう。

 だが、コンパウンドボウであればサイトもついているし、保持力を軽減する仕組みがついているので狙いもつけやすい。重量も二キロ未満だから構えてもそんなに腕の負担がなく、弓をひくのにそんなに膂力を必要としない。


「比較的手に入りやすいものといえば、弓だろうな……」

『ゆみ、ふよう。ほか?』


 ミミルの中で弓は想定外の武器らしい。

 電磁波攻撃は距離をとって行う。ミミルが近接武器を想定しているなら、確かに弓という選択肢はない。

 コンパウンドボウであれば、逆に電磁波の攻撃範囲よりも離れて攻撃することが可能だ。しかし、離れれば標的は小さく見える。実戦という意味でどこまで使えるかは未知数なので、選択肢から除外するのは正解かも知れない。


「手に入るのは、ハンドアックスか薪割り用の斧くらいじゃないかな……」


 斧はハンドアックス程度のものから、一メートル未満の長さのものなら通販でも販売されている。だが、あまり重いと取回しが不安が出てくる。

 ステンレス製のハンドアックスであれば一キロ未満だが、全長は三〇センチ程度と小さい。

 あ……そういえば、石窯や薪ストーブで使う薪を割るための斧がない。買うのを忘れるところだった。


 ミミルは少し肩を落とすと、溜息を吐く。


『だんじょん、いく』


 ミミルが空間収納から服を取り出した。どうやら、いますぐにでもダンジョンに向かうようだ。

 残念ながら今日もピザ窯職人がやってくるし、五〇インチのディスプレイとストリーミングデバイスが届く予定だ。俺はダンジョンに入れない。


「たぶん、俺は夜まで行けないな。そういえば、ツノウサギの肉って食べられるんだろ?」

『ん、たべる、できる』

「今日の晩飯に使うから、一羽分でいいから出してくれないか?」


 ミミルは何やら期待を込めた視線で俺を見上げると、こくりと頷いて空間収納から兔肉を取り出し、俺に差し出した。


 ミミルの体格でよくこの肉を持てるな――と思うくらい、とても大きくて重い。


 受け取った肉をながめる――内臓は見事に処理されている。肉質や鮮度が良く、とても美味そうだ。そして、時間経過しない空間収納はやはり素晴らしいな。


 先日ひっくり返して探した引越荷物の中から発掘したラップで肉を包むと、一階の厨房にある冷蔵庫に仕舞うために部屋を出た。

 これで今日の夕飯の主菜はディアヴォラ小悪魔風に確定だ。

 あと、夜中にまた二時間ほどダンジョンに入るのなら、弁当になるようなものを作っておくほうが良いだろう。時間をみて食材を買ってくることにしよう。


「――ん?」


 丁度、厨房の窓からピザ窯職人の二人の姿が見えた。

 わざわざ二階の自室に戻ってインターフォンが鳴るのを待つのも変なので、そのまま玄関扉の鍵を開いて彼等を迎え入れることにしよう――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る