第五章 店の準備
第41話
昨日、食パンや卵、ベーコンなどを買ってきたのはいいが、調理器具が届いていない。
この家に引っ越してきたときの荷物には前の家で使っていたものがある。それで、朝からダンボールの中に入ったままの荷物を漁り、なんとかトーストとベーコン、プレーンオムレツ、サラダを用意した。
一階の客席のテーブルや椅子は明後日には到着する予定なので、それまでは自室に持って上がって食べることになる。
面倒だが、テーブルなしでは食べづらいので仕方がない。
こんなことなら二階にもキッチンを用意しておけばよかったと思うが、内装は全て終わったばかりなので、今更リフォームする気にはならない。
食事をしながら思いついたことがひとつ。
最初に教えた言葉は「なに?」なのだが、これでは動詞を教えられない。
ひとつひとつ、教えていく必要がありそうだ。
まずは、「食べる」からだな。
ちょうど、いまは食事中なのだから、これほど教えやすいタイミングはない。
「ミミル、いまから新しい単語を教える」
『ん――』
俺は目の前でオムレツを掬って口に入れると、続けてトーストを齧る。ペットボトルの無糖紅茶を飲んで、サラダを突きまた口に入れてモシャモシャと噛み、ごくりと音を立てて飲み込んだ。
ミミルは俺の一連の動作を見ていたが、たぶん途中でその意味を理解したのだろう。
「食べる」
「たべる……たべる、たべる」
日本語が世界一難しいと呼ばれるのは同音異義語が多いことや、同義語が多いことも原因だ。今回の「たべる」の場合も同様だ。
「食う」
「くう?」
「そう、食べる、食うは同じ意味だ」
『むずかしい』
他に「食す」「食らう」や、丁寧語や謙譲語、尊敬語などが加わると「召し上がる」「頂く」などの言葉に変化する。
ミミルの言うとおり、日本語は難しい。
「とりあえず、食べるだけでいい。ミミルの可愛いい顔で〝食う〟は似合わないからな」
ポコリと肩を叩かれた。
また子ども扱いしていると思われたのだろうな。
次に、トーストにわざと何度か齧りついて見せる。
「齧る」
「かじ……る……かじる、かじる」
モシャモシャと噛むところを見せて、手で口元を覆って話す。
「噛む」
「かむ、かむ……かむ」
概ねこんな感じであれば、ある程度の動詞を教えることができるだろう。
食べよう、食べた、食べろ、食べれば、食べられる、食べない……いろんな言葉に変化するところはまた別の機会でいい。
ミミルと食事をしながら、他にも「飲む」、「飲み込む」、「
あまり一気にたくさん詰め込むのもミミルの負担になると思うので、午前中はそれくらいに止めておいた。
◇◆◇
二人で楽しい食事を終える頃、ピザ窯の業者がやってきた。
耐熱レンガを使った石窯を組み上げてもらうのだ。場所はもちろん、厨房の中である。
俺は一階に下りて業者の応対をするのだが、その間はミミルはまた退屈な時間を過ごさないといけない。とはいえ、昼間から小学五年生くらいの少女が店のなかをウロウロするというのも、あまり業者に見せられるものではない。
「俺は業者と話をするから、一階に行くが、ミミルはどうする?」
『ん、ダンジョン。よう、ある』
ミミルはダンジョンで何かするつもりらしい。
そういえば、入口に屋根を付けてほしいと言ったので、やってくれるのかも知れないな。
二階からダンジョン入口までが少し遠いから、二階のベランダから梯子のようなもので下りられるようにした方がよさそうだ。確か、給湯器と扉の間にはちょうどいいスペースがあったはずだから、そこに
「じゃ、俺は業者の対応してくるから」
『ん――』
俺は先に自室を出て、業者の応対に向かった。
◇◆◇
ピザ窯の組み立て業者は二人組。
土台になる部分は別だが、肝心の石釜の部分を組み立て、仕上げにタイルで表面を覆うところまでお願いしているので最低三日かかると言われている。
基本の組立作業そのものは最初の一日、二日目からタイル仕上げになる。もちろん煙突用の穴は工事の段階で用意してあるので問題ない。
業者の二人は最初に土台部分を持ち込み、現場で組み立てると俺に設置場所や向きなどの細かな指示を求めてくる。
実際に調理で使う人間の立場で高さを調整したり、微妙に角度を調整したりしてくれる。
ある程度の指示が終われば俺がすることはもうない。
冷蔵庫から飲み物を出して、休憩するときに足りなかったら自由に飲むように伝え、事務所部屋へ戻った。
事務所部屋で、店の改装工事をお願いした業者の名刺に記載された連絡先に電話する。
ベランダから裏庭に出るための梯子の増設をお願いするためだ。
電話口にでた工務店の社長に、厨房から火が出たなら二階から逃げる手段がなくなる可能性もあるので、ベランダから奥庭に逃げられるように梯子をつけてほしいとお願いした。
さて、昼飯どうするかな……。
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