第30話

 第一層、草原フロアをミミルと二人で歩く。

 ただ歩くのではなく、定期的に俺が音波探知を使って敵の所在を確認しながらなので、たまに立ち止まる必要が出てくる。動きながらだと、ズレが生じるからだ。


 そして、新たに探知にかかったのはオカクラゲのような大きさをしているが、跳ね回るような動きをしない魔物。ほとんど動かないが、動くときは地を這うようにして少しずつ動いている。


『スライム』


 その特徴を説明すると、ミミルからそんな返事が帰ってきた。

 あの冒険ファンタジーものには定番の魔物だ。


 実物を早く見たい気もする。ゲームのように目玉がついているのかとかも確認したいし、本当に半透明な水色をしているのか……いや、オレンジや団子みたいに三匹縦に積み上がったスライムもいたはずだ。経験値をたくさんくれるメタル系のスライムなんかもいたのを思い出す。

 そういえば、ラノベなんかだと襲われると酸で溶かされると書いている話もよくあったが、実際そのところはどうなのだろう。


 気付かれないように静かに近づこうとしたのだが、ミミルは気にせずズンズンと進んでいく。


「察知されないか?」

『スライム、よわい。スライム、ふれる、おそう。ふれる、ない、こわい、ない』


 なるほど、なんとなく生態がわかった気がする。

 つまり、触れたら反射で攻撃をする。酸を吐くとかではなく、触れたものに襲いかかる感じなのだろう。


 凡そ五メートルほどまで近づいた。

 充分、目でみてその姿を捉えられる距離である。


 オカクラゲに似た鏡餅のような丸いフォルム。

 ぷるぷると震える半透明なボディ。

 特に色がついているわけではなく、薄らとその向こう側にあるものが透けて見える。

 ふよふよと身体の中を浮遊しているのは、ラノベなんかに登場する核というものだろうか?


「これがスライム……」

『ん、そう。まく、さん、からだ、できる。からだ、ねらう、いい』


 表面に膜があり、その中身は酸でできている。そして、更にその中に身体があるということか。


「あ、うごいた」


 スライムが動いた後は、粘液で濡れている。特に、草が溶けたりするわけではないので酸性の粘液を出しているわけではないようだ。

 もしかすると、体表は細胞膜と体液、体内は大きな消化器官があって、その中に酸では溶けない膜で覆われた他の器官があるのかも知れない。

 どちらにしても変わった生き物だ。捕まえて生物学者に渡したら、喜々として研究しそうだ。

 まぁ、このダンジョンの生物は地球上に出すと形を維持できずに霧散してしまうが……。


『たおす、ない?』

「いや……」


 俺はスライムに向けて収束した電磁波を射出する。

 一瞬で体内の酸が沸騰し、身体が膨張すると耐えきれずに破裂した。

 もう少し近くにいれば、酸を浴びるところだった。危ない危ない……。

 次からは体液ではなく、ミミルが言ったとおり、核を攻撃するようにしないといけないな。


 すると、心臓のような器官がないからか、すぐにスライムは霧散した。

 そこには水色のアクアマリンのような小さな魔石がひとつと、小さなゼリー状の塊が残っている。


『ゼリー、くすり、つくる』


 ミミルは俺にそう伝えると、彼女の空間収納にゼリーを収納してしまった。

 俺は、水色の小さな魔石を拾ってポケットに仕舞う。

 まだ、周囲にはたくさんスライムがいて、まだまだゼリーも手に入れられそうだ。


「じゃ、もう少しスライム狩るか?」

『ん、おねがい』


 薬をつくる材料にもなるみたいだし、もっとゼリーを集めることにしよう。



    ◇◆◇



 スライムばかり二〇匹ほど倒した時点で、電磁波を射出するまでの時間が少し短くなってきていることに気がついた。といっても、初めてのときと比べて一割程度だろう。

 たぶん、ある程度熟練度が上がってきたというのが大きいのではないかと思っている。

 ツノウサギのように素早く動く魔物に対して、短時間で効果を得られるようにするには、発動速度と出力がものを言う。実にありがたい話だ。

 ただ、出力を上げすぎると、電子レンジに生卵をそのまま入れるような状況になるだろう。頭蓋骨が殻代わりになって、その中身が沸騰・膨張して爆発するということだ。

 そんなスプラッターな状況を好んで起こしたくはない。


 二七匹のスライムを倒したところで周囲には既にスライムの姿は無くなっていた。

 収穫は、スライムのゼリーが八つ。小さな青い魔石が二七個である。


『だいじょうぶ?』

「ああ、全然問題ないぞ」


 何か心配そうにミミルが俺を見上げて言った。

 もちろん、俺自身は好調だし、何も心配することがない。


『まりょく、たりる?』


 そう訊かれても、ゲームのようにMPゲージが目の前に表示されているわけでもないのでわからない。

 それに、ラノベやアニメのように「ステータスオープン」などと口走っても、そのようなものは表示されない……はずだ。

 まだ恥ずかしくてやっていない。


「たぶん、だいじょうぶだ」

『やすむ、だいじ』


 そう告げると、ミミルは草原フロアへの入口に向いて、歩き始めた。

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