第29話
ツノウサギのその動きは予想していた。
そのための左足を軸にした半回転である。
そのまま後ろに振り上げた右足を、ツノウサギの腹に狙いを定めて蹴り上げる。
「キュイッ!」
悲鳴にも似た声を上げて、ツノウサギが宙を舞う。
重さにして二〇キロくらいはあるので、そんなに高く上がるわけではないが、それでも充分なダメージを与えることができただろう。
っていうか、俺ってこんなに脚力あったっけ?
ツノウサギは数メートルは飛んで、ドサリという音とともに地面に落ちた。
見るとまだ胸のあたりは呼吸で上下している。止めが必要だ。
俺は腰のナイフを抜いて、ツノウサギの耳を掴むと背後から首を掻き切った。
すぐにツノウサギはぐったりとして呼吸が止まり、魔石を残してその姿を消す。
「ふぅ……」
正直、少し危なかった。
油断していたら間違いなく腹にあのツノが刺さっていたことだろう。
それに、この新しいブーツがあったからこそ、いまの攻撃ができた。昨日はスニーカーだったから、あんな蹴り方をしたら爪先なり、足の甲なりを痛めていたはずだ。
これはまたミミルに感謝しなければいけない。
ツノウサギが落とした琥珀色の魔石を拾ってポケットに入れると、ミミルが向かった方向へ目を向ける。
ミミルも簡単に倒したようで、こちらに向かって歩いてくる。
『たおした?』
「もちろん」
ただ、ある意味苦戦したとも言える。
電磁波による攻撃は、動く敵に対しては使いにくいのだ。理由は、例え高出力でもある程度の時間は照射しなければ効果が得られないことにある。それに収束しているとはいえ、空気中の水蒸気による減衰は避けられない。
ツノウサギの脳の大きさなら一秒もあれば破壊できるだろうが、その一秒間、じっとしてくれなければ倒せない。
これは大きな問題である。
電子レンジのように電磁波を照射する方法ではなく、瞬時に狙いを定め、相手を抹殺できるくらいの能力が必要だ。
果たしてそんな攻撃手段を作ることができるのだろうか?
理屈で考えていたら無理かもしれないが、理屈を知らなければなぜできないかもわからない。
これは家に戻ってからいろいろと調べてみるしかないな。
『なやみ?』
どうやらまた難しい顔をして考え込んでしまっていたようだ。
ミミルが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「そういえば、ミミルの指から出る……魔法はどうやってるんだ?」
『まほう、ちがう。まりょく、とばす』
「魔力の塊を飛ばしてるのか?」
『ん、そのとおり』
ミミルは指を伸ばして、適当な方向に向ける。
『まりょく、ためる……べつ、まりょく、うちだす』
指先にまた衝撃波が発生したときのような波紋が広がり、消える。
恐らく、打ち出す時の速度が音速を越えているために小さな衝撃波が発生しているのだろう。
ツノウサギには魔法を使うまでもないということなんだろうな。
「誰でもできることなのか?」
『くんれん、だいじ』
「教えてくれるかい?」
『まず、まりょくそうさ。くんれん』
二つの魔力を溜めて打ち出すんだから、それなりに魔力を自由に操作できないと無理なことなのだろう。
「その訓練はどうやってやるんだ?」
『て、あつまる。からだ、うごかす』
手のひらを上にして両手を前に突き出し、ミミルは瞑想するかのように静かに目を閉じる。
実際に目に見えるわけではないが、なんとなく全身をくまなく魔力を回している感じなのだろう。
俺も、同じように両手を突き出し、右手に魔力を集める。感覚的に右手が暖かくなってくると、それを動かすようにイメージしてみる。
『まりょく、あつまる、あつい。あつい、うごかす、しっぱい』
確かに温かいものを動かそうとしても動かない。それどころか、温度が下がってしまう。
『まりょく、うごかす。あつい、うごかす、ない』
なるほど、言ってることがすごくわかりやすい。
ミミルはすごい教え上手なんだな。
実際に魔力が集まる場所を動かそうとすると、正しく魔力は動き始める。
丸い球状になった魔力を、押して転がすようなイメージだ。
右手、右肘、右上腕、右肩、首、頭、首、左肩、左上腕……
溜まった魔力を押していくように動かしていく。
『はやく、うごく。うちだし、できる』
ゆっくりと動かしているが、これを素早く自由に動かせるようになれば、魔力の塊を打ち出すことができるってことだろう。なるほど、理にかなっている。
これは暇さえあれば魔力制御の練習をしないといけないな。
『うちだし、でぐち、ちいさい、つよい。ちいさい、くんれん』
魔力を打ち出す穴は小さくすれば強くなる。打ち出しを覚えたら次は出口を小さくする練習をしろということか……。
結構たいへんだな。
「ありがとう。がんばって訓練するよ」
そう言ってミミルに向かって微笑んでみせると、ミミルも嬉しそうに笑顔を見せる。
『つぎ、さがす』
「了解!」
ミミルに催促され、慌てて音波を飛ばして音波探知を発動した。
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