天照

86 もうお止めなさい

 不敵に笑うミシェルに対し、彼は屈辱くつじょくで顔をゆがませる。すると、後ろで亘の叫ぶ声がした。


「うわぁっ!」


 両者が亘の方を振り向くと、姿を隠していたしのびが亘の後ろに現れ亘にクナイを突き付けていた。

 女の同種で小麦色の肌に白い髪、目の色は赤色と、もはやどこの国の人種か検討がつかなかった。


「あら、さっきの"NINJA"は"くの一"だったの」


「何をしている菊理姫きくりひめ!誰が人質など取れと言った!」


「しかし、武甕槌たけみかづちさん!この女は危険です!」


 彼は彼女の行動をいさめた。元より人間の子供には危害を加えるつもりはなく、武器を向けるのは同種相手だけのはずであった。

 鋭い刃物を首筋に押し当てられ、亘の表情は強ばった。ミシェルは刀を下ろして女の同種を睨み付ける。


「ちょっと、あんた。亘に少しでも傷を付けたら、この刀であんたの体を1㎝ずつ切り刻むわよ」


 鋭い眼光は身を凍らせるほどだった。彼女は少し怯んだが、亘の体を引き寄せ脅しにかかる。


「この子供を傷つけられたくなければ、武器をすべて捨てろ!」


 両者はしばし睨み合っていたが、ミシェルは持っていた日本刀を彼の方へ投げた。クナイやカッターの刃も地面に落として両手を上げる。


「はい、全部捨てたよ。なんなら服も脱ぎましょうか?」


 あっさり武具を手放し降伏するミシェルに、二人は肩透かたすかしを食らった。亘を含めて誰もこの先の展開を読めなくなった。


「その子を人質に取られたら私は降参するしかない。煮るなり焼くなり好きにすればいい。

けれど、亘にだけは何もしないでほしい。傷つけたり薬を使うこともしないで。今回の件の責任は全て私が取る」


 亘にはミシェルの考えが読めた。彼らに攻撃を仕掛けたのは自分の罪を色濃くしミシェル一人が責を負うつもりだからだ。武甕槌たけみかづちと呼ばれていた彼は放り投げられた刀を拾い、ミシェルに突き付けた。


「ダメだ!ミシェル!」


 亘は彼女を押し退けて駆け出した。ミシェルが止めるのも聞かず武甕槌たけみかづちの前に出てミシェルの楯となった。


「お願いです。こいつを消さないでください!」


 怯えた表情をしていたが、その目は強く真っ直ぐ武甕槌を見据えていた。片目だけとなった武甕槌はそのまま亘を睨んでいたが、この争い事を治める声が割り込んできた。



武甕槌たけみかづち菊理姫きくりひめ、もうお止めなさい」



 その声に二人は驚愕し、声のした方向を振り返る。そこには紅緋こうひ色の着物を着た婉美えんびな女性が立っていた


首領しゅりょう!何故此処に」


貴殿あなた方の姿が見えないので、"月読つくよみ"を問い質したのです。事情は大方聞きました」


 女性は落ち葉を踏みゆっくりと近付く。自分達の長の登場に、二人は戦意を失い大人しくなった。


 彼女は武甕槌たけみかづちを通り越し亘に近付いた。亘の前に立つと着物のすそから木綿のハンカチを取り出した。


「首から血が出てますよ。これで押さえていなさい」


「え?あ、本当だ」


 亘は首筋を触って手についた血を確認する。さっきクナイを突き付けていた女性を振り払った時に傷ついたらしい。


 亘はハンカチを受け取り止血をしながら、目の前の女性を見上げる。りんとした雰囲気の美女だが、澄ました表情が冷たい印象を与えていた。


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