対決

82 果たし状か?

 食堂でミシェルはコーヒーをかき混ぜながら重いため息をつく。食事中もしゃべらず静かだったので、不思議に思い様子を尋ねる。


「どうしたんだ?ミシェル」


 ミシェルは黙って昨日張り付けられていた手紙を渡す。亘は蛇腹じゃばら折りの文を広げて筆で書かれた文字を読む。


「本日、こく嵐山法輪寺あやしやまほうりんじに来られたし


なにこれ?」


「呼び出しでしょ?昨日の夜に誰かが部屋の窓に貼って行ったよ」


「昨日、俺をさらおうとした同種が置いてったのか?」


「みたいね。こういうのって何で言うんだっけ?挑戦状?」


「果たし状か?」


「そうそう、それ。何にしても無視する訳にはいかないよね。私達の居場所がばれてるなら、行動も筒抜けだろうし。このまま何事もなく帰してはもらえないだろうし」


 二人の間に重い沈黙が訪れる。

 自分の軽率けいそつな行動から、家族旅行は予期せぬ方向へ向かっていった。


「ごめん。俺のせいだよね」


「そーだよね。今回問題を呼び寄せたのは亘だよね。私はただ観光を楽しんでただけなのに」


 ミシェルの嫌みに反論もできず落ち込む亘。


「……どーすればいいんだ?一体」


「まぁ、ここは要望に応じようか。でもラッキーだったね。指定された場所が嵐山だよ。ちょうど、天龍寺てんしゅうじに行こうと思ってたし、観光ついでに彼らと話してみましょう!」


 ミシェルの軽いノリに亘は不安になるが、ミシェルは敢えて明るく振る舞っていた。ただの話し合いで済むはずがないことは黙っていたほうが良いと考えたからだ。







 京都駅からJR嵯峨野そがの線に乗って6駅目の嵯峨嵐山そがあらしやま駅に降りる。少し閑散かんさんとした町をしばし歩いて、天龍寺の前の通りに出る。


 広い境内に入り、まずは法堂はっとうに上がって夏の期間中に特別公開している「雲龍図うんりゅうず」を拝観はいかんした。天井に描かれた青い龍に圧倒され、しばらく龍の眼光とにらめっこする。


 お堂を出て庭園の方の拝観料を払って方丈ほうじょうへ向かう。大方丈だいほうじょうから「曹源池庭園そうげんちていえん」を一望し、木々に覆われた広大な庭と池に反射する空の色を眺めた。縁の架木ほこぎに手を付き静寂な時間を伝えてくる庭園を眺めていると、ミシェルに呼びかけられる。


「亘、こっち向いて」


 顔を向けた瞬間、カシャッというカメラの音がする。今度はミシェルに不意打ちで写真を撮られた。


「なにしてんだよ!」


「昨日の仕返し」


 子供のように笑うミシェルに呆れて立ち上がろうとしたら、手を引かれた。


「ああ、待って。向こうで精進料理しょうじんりょうりが食べられる店があるから、行こうよ」


「もう、お昼にするのか?」


 現在11時過ぎであった。朝7時に朝食を食べてからまだ3時間しか経っていない。


「まぁね、早めにご飯食べて13時頃には法輪寺に行かないとね」


「え、あの手紙に時間なんて書いてあった?」


「未ノ刻って13時から15時のことなの。その時間帯に来いってことだけど、面倒くさい用事は早めに済ましておこう」


 呑気に観光しているが、考えることはちゃんと考えているらしい。方丈を出て精耕館へ向かい、「篩月しげつ」という店で昼食を摂った。一汁六菜の献立を食べてメロンを頬張る。




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