81 "ママ"って呼んで!
亘が目を覚ますと、ベットに横たわり、くぼんだ壁の照明を眺めていた。体を起こすと頭痛がして気分がスッキリとしなかった。鼻から変な匂いがして顔をしかめていると、スマホから目を離したミシェルが声をかける。
「目が覚めた?」
「ミシェル?俺、寝てたのか」
ベットから足を下ろして立ち上がろうとした時、自分がここで寝ている状況に至るまでの記憶がないことに気づく。
「いつ、宿に戻ってきたんだ?」
「さぁ、いつかしら?」
素っ気なく返事をするミシェルに眉をひそめる亘。
「逆に聞くけど、亘はどこまで覚えてる?」
「えーと、清水寺に行って、三年坂を下りて、ああ、ミシェルとはぐれて、連絡をとってたら…」
「その後は?」
「えーっと…」
思い出そうとしたが、何故かその辺りの記憶が
「亘、こっちに座ってくれる?」
亘は言われた通りにミシェルの隣に座る。怖いくらい静かなミシェルが問いかける。
「亘、清水寺で私とはぐれてる間、あの女の人と何を話してたの?」
「えっ?いや、たいした話はしてないよ」
「ねぇ、亘。誤魔化したり省略したりせずに、きちんと説明してほしいの。じゃないと、事実が見えてこないからね」
覆い潰されそうなほど深い
「ふーん、そういうことね。
そもそも亘、どうして"同種か"なんて聞いたの?」
「え、いや、なんとなく。同種なのかなと思って、ダメだったのか?」
「ダメよ。そのせいで君、
「え?」
「なんで?俺を?」
「亘が彼女を同種と見破ったからよ」
「そんなことで?」
「西の同種はね。かなりの秘密主義なんだって。
昔、
亘の顔は引きつった。
あのまま連れ拐われていたら、自分はどうなっていただろうと想像し、おぞましくなった。
「どうして、そこまでするんだよ」
「特に珍しいことじゃないよ。
歴史的に見ても同種は人に強いたげられることのほうが多い。
我欲を満たすためだったり、政局に利用されたり。または、不死身の肉体で戦いに駆り出されたりね。
そういう人間達の負の歴史を見てきた者にとって、同種だと明かすのは不利益でしかないの。だからこそ、徹底した秘匿を強いて同種達を守ってるんだよ」
「………」
「まあ、私も人間に監禁されたことがあるから、気持ちはわからなくもないけどね」
「そっか」
「流石に亘を殺すつもりはなかっただろうけど、何らかの薬物を使って記憶を
何にせよ危ない状況だったことには変わりなく、ミシェルが駆け付けなければ無事ではなかっただろう。
「亘、君は親切心で彼女に話しかけたんだろうけど、でも不用意に同種に血を与えるようなことはしないでほしい。
相手がどんな奴かもわからないのに信用できる?もし、そのまま殺されちゃったらどうするの?」
「ごめんなさい」
深く反省する亘。
自分の失態をちゃんと理解していると判断したミシェルだったが、ついでだからともう二点注意をする。
「あと、亘。ケリーに血をあげるのも止めてくれないかな?」
「………それとこれとは話が違うだろ」
「同じよ。ケリーをいつまでも甘やかさないでくれる?」
「何でわかったんだよ」
小さくぼやく亘の声をミシェルは聞き逃さなかった
「私が気づいてないと思ったの?噛み傷が肩にあるのくらい、前から知ってたわ」
「なっ、いつ見たんだよ!」
亘は右肩を押さえる。
手首や首筋だと目立つので、ケリーには服で隠れる場所に噛んでもらっていた。
「それと、人前で"お母さん"って呼ぶのは止めてよ。なんかおばさんみたいで嫌なんだけど」
「そうは言っても、おまえは俺の母親だろ」
「そーだけど、嫌なものは嫌なの。どうせなら"ママ"って呼んで!」
亘はミシェルを心底気持ち悪いと思った。100年も生きてる老齢のくせに、自分を若くて可愛いと思っている。いつもなら在り来たりな悪態しかつかないが、今回は最上級の嫌味を考えていた。
「わかったよ、"おばあちゃん"」
ミシェルの顔は笑顔のまま張り付いた。上手く切り返せたとしたり顔をする亘。ミシェルは何より老人扱いされるのが嫌いだった。
「ふっふふふふ、なるほど、なるほど。そうくるのか、はははっ」
顔を伏せたまま笑うミシェルに亘の顔は
「確かに私は長寿だけれども、年齢に置き換えた呼ばれ方をされるのは好まないな~。
亘はちょっと嫌味を言っただけだろうけど、私としては
凍てつくような
「あっと、逃がさないよ~」
「放せっ!」
「だ~め。君には罰を受けてもらうよ。私を老人呼ばわりしたんだからね!」
ミシェルは亘の体を触ってくすぐり始めた。亘が叫ぼうが謝ろうが手を止めようとはせず、亘が本当に観念するまでくすぐり続けた。
その後、体を触り倒された亘の機嫌がひどく悪かったのは言うまでも有るまい。
夜半を過ぎた頃、ミシェルは窓を叩く音で飛び起きる。誰かが外から窓を一度叩き自分達に警告したようだった。
ミシェルは窓のほうを睨み付けていたが、人の気配はなくなっていた。隣にいる亘が静かに寝てるのを確認してから、ゆっくりと窓際に近付きカーテンを開ける。
窓ガラスに紙が張り付いているのを見つけ、窓を開けて手に取ってみる。和紙に包まれた文を受けとり、ミシェルは外に人がいないか確かめ静かに窓を閉めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます