ぬいぐるみ

66 猫が好きなのか?

「おーい、亘~」


 クラクションの音と共に自分を呼ぶ声がする。振り返ると黒人の男性が白いワゴン車から手を振っていた。


「アンドレさん」


 車体1台分の狭い道路を縫うようにして車が近付き、亘の横で一時停車した。


「今帰りか?結構遅いんだな」


「ええ、塾の帰りですから」


「そうだ!丁度お前に渡したいものがあったんだ!乗れよ、すぐ済むから!」


「え?ああ、はぁ」


 大した説明もされずに亘は車に引っ張り込まれた。10分程してアンドレの住むマンションに着き、5階に上がって部屋に入れてもらう。玄関に入ると5体のテディベアが出迎えてくれた。廊下を通ってリビングへ案内されると、部屋の様子に亘は戸惑う。


 部屋には様々な所にぬいぐるみや白磁の人形などが置いてあった。カーテンやテーブルクロスは刺繍ししゅうが入りもので、家具も細やかな細工が入ったアンティーク調のものだった。


 本当に男の一人部屋かと困惑した。一通り部屋の中を見回すと、ブラウン色のソファに座る等身大のテディベアに目がいく。


「おっきい、ぬいぐるみですね」


「ああ、それか。巨大なくまに挑戦しようとしたんだけどな。ちょっと失敗しちまったんだ」


 やはりアンドレのお手製のテディベアらしく、面構つらがまえが店に置いてあるくまと同じだった。実際、彼が縫い物をしているところを見たことがないので、未だにちょっと信じられないが。


「よく出来てると思いますけど」


「首と胴の縫い合わせに失敗してよ。首回りが太くなっちまったんだ。ほれ」


 テディベアの首に巻かれてたストールを取って苦戦した部分を見せるアンドレ。確かに他のに比べれば頭の位置が低かった。


「本当にぬいぐるみが好きなんですね」


「ああ!可愛いものは好きだし、自分で作るのも楽しいからな!」


 長身のごつい男性の言葉とは思えないが、このラブリーな部屋を見る限りこれが彼の趣味趣向しゅみしゅこうなのだろう。


「そーだ!新しく作ってるやつ、ひとつやるよ。どれがいい?」


 アンドレは3体の種類の違うぬいぐるみを机に並べる。ウサギにプードルに三毛猫がそれぞれ違うポーズをとっている。その完成度に感嘆しつつ、亘は猫のぬいぐるみを手に取る。


「じゃあ、これを」


「おっ!やっぱ、お前猫が好きなのか?」


「えっ?」


 亘は顔を上げて歯を見せて笑うアンドレを見つめる。どういうことが聞く前にアンドレにソーダでも飲んで待つように言われた。彼が適当に合わせたテレビの番組を見ながら、待っていると20分ほどでアンドレが奥の部屋から出てきた。


「待たせたな。ほれ、これ直したぞ」


 アンドレが差し出したクッションを見て、亘はしばし思案する。自分が何かの修理を頼んだ覚えはないし、このぬいぐるみにも見覚えがなかった。


「えーと、これは?」


「ミシェルに頼まれてぼろ布を補修したんだよ。お前が昔持ってたんだろ?この猫ちゃん」


 言われてぼんやりと思い出した。確かに子供の頃に持っていた猫のぬいぐるみに似ている。亘はそれを手に取りビーズクッションの感触と、のぼんとした顔を見つめる。


「汚れとほつれで布は全部変えちまったけど。前とデザインは変えてないぜ!上手いもんだろ?」


「ええ、そうですね。ありがとうございます」


 取り合えずお礼を言う亘。穏やかな顔で眠る猫をじっと見つめた。





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