ガブリエラ
58 私に喰べられるほう?
その日は5月にしては肌寒く、亘は冬用のパーカーを取り出して着用していた。買い物に出掛けたミシェルの代わりに店番をしていると来店者がドアを開けて入ってくる。閉店の看板は出してなかったが、もう営業時間外なので食事は出来ない旨を伝えようと、振り返った亘は目が釘付けになった。
そこには金髪の美少女が立っていた。
ストレートロングヘアーにエメラルドグリーンの瞳。小さく整えられた顔はまるで人形のようであった。しばらく彼女に
「いらっしゃいませ。申し訳ないんですが、もう閉店の時間なので食事はご遠慮願いますか?」
本当に人形のように動かない少女に困惑する亘。もしや、日本語が通じないのかと思案していると、小さな声で彼女が答えた。
「ここに来ればいいって聞いたんだけど…」
容姿と同じで可愛らしい声だった。日本語で返答してきたことに安堵し亘は会話を続ける。
「友達と待ち合わせですか?それか、ご家族とですか?」
「血縁も知り合いも、この世界にいない」
不思議なことを言う少女に亘は更に困惑する。言葉は通じるが話の通じないの子なのかと考えた時、彼女のほうから問いかける。
「あなたは私と同じもの?それとも私に喰べられるほう?」
更に謎なことを言ってくる。もはやどう対処していいのかと悩んでいると、彼女が近付いてきて亘の首に手を回して、いきなりキスをしてきた。
驚きすぎて思考が停止する亘。重ねるだけでなく口元にかぶりついてきて舌を入れてきた。
抵抗しようとした瞬間、脱力感が襲った。"同種"に血を吸われた時と同じ感覚だった。少女を突き飛ばして亘はカウンターの椅子に
「きみ、もしかして…」
「あ~あ、いっけないんだ~」
声に驚き、振り返るとにやついた顔をしたミシェルが立っていた。
「亘ったら仕事さぼってナンパ?いきなりキスするなんてなかなかの色男ね」
「ちっ、違う!この子からしてきたんだ!」
「あっはは、何それ?通りすがりのキス魔?苦しい言い訳だね」
「本当なんだ!それに彼女"同種"なんだよ!」
「……え?」
亘の言葉にミシェルは驚きながら少女を見る。目を引く顔立ちに華やかな髪と瞳。だが、その見た目の年齢が恐ろしく幼い。15・6歳ぐらい、いや丸い顔の輪郭からもっと幼く見えるかもしれない。
「本当に?同種なの?」
「ああ、さっき生気を吸われた」
ミシェルは彼女の着ている洋服に注目した。黄なりワンピースに桃色のカーディガン。フリルのついたスカートは容姿に相まって可愛らしいのだが、その
そしてカーディガンの隙間からも黒い土が付いていた。いや、それは土ではなく、黒ずんだ血であった。
「どうやら本当に同種のようね。名前は?」
「……ガブリエラ」
「わぁお、奇遇だね。私と同じ天使の名前だ。
ミシェルよ、よろしくね。さっき、つまみ食いしたのは亘」
ガブリエラは静かに亘に視線を向けてミシェルに戻す。
「この場所であってるの?」
「そうね。この地域には同種の集まりがある。全部で7人。君を含めると8人になるね。
まぁ、他の子達には追々会わせてあげるわ。私がこのグループの長だから、何かあったら私に言ってきて」
馴れた文句をすらすら話すミシェル。彼女が長になってから、5人目の新入りになり、端的に説明をしていく。
「何はともあれ、ようこそガブリエラ。この世界に」
ガブリエラは黙って差し出された手を握る。無口で人形のように表情がない彼女にミシェルもまだ、感じが掴めない。
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