40 お前に死なれちゃ困るんだ

 ほこりまみれの空気を吸い込みながら亘は目を覚ます。カビとちりの臭いで気分が更に悪くなり顔を動かして、なるべくきれいな空気を肺に入れる。

 ぼんやりとげた天井を見つめてから辺りに視線を落とす。朽ちかけた建物の一室で、ブルーシートの掛けられたソファの上に自分は横たわっている。途中まで解体作業が行われていたのか仕切りの壁や外壁は所々取り除かれ、風通しのいい空間になっていた。


 起き上がろうとして、自分の手足が紐で結ばれていることに気づく。靴紐くつひもぐらいの細いものだったが、結び目は固くおまけに力が入らない。意識を失う前に誰かに口を塞がれ首筋を噛まれたことは覚えている。体が気だるいことから生気を吸われたのだ。

 ならば相手は同種で、そいつに連れ去られ何処かの廃墟はいきょ監禁かんきんされている。


 自分の状況を理解したところで足音が聞こえた。階段を上がってくる音に寝たふりをしたほうがいいかと考えたが、壁から姿を見せた彼と目が合ってしまう。

 彼は一瞬亘を見て止まっていたが、すぐに睨む亘に近付いた。亘はしばられた手足で後ろへ下がり、相手を警戒する。

 肩まで伸びた黒髪に無精髭ぶしょうひげ粗暴そぼうな雰囲気だが、顔立ちは良いほうだった。波夷羅はいらは持っていたビニール袋を亘に投げた。中には水が入ったペットボトルが見えた。


「食え、お前に死なれちゃ困るんだ」


 ざらついた声音せいおんで亘に指示し、波夷羅はいらは向かいのソファーに座る。亘は体を起こし黙って袋の中を覗く。ミネラルウォーターとおにぎりが二つ、それとチョコレートとスナック菓子が入っていた。なぜ食料を与えられたのかは分からないが、今は黙って食べることにした。


 手の拘束こうそくはしたままペットボトルのふたを開け、口で包みを破っておにぎりを食べる。波夷羅が見てる中、味のしない米と海苔のり咀嚼そしゃくした。誘拐という情況に恐怖はあったがパニックにはならなかった。虐待を受けていたことで危機的状態に慣れてしまい、どこかで感覚が麻痺まひしているのだろう。


 彼が例の殺人犯だとしたら、警察やミシェル達が探している。彼らが自分の居場所を見付けてくれるまで自分の身を護らなくてはならない。亘はそう決意を固めもう一個のおにぎりを食べる。






 家へ戻ったミシェルは、真っ先に厨房ちゅうぼうの奥にある保管室へ入った。防犯カメラの映像を確認できるパソコンに飛び付き、3時間前まで映像を巻き戻す。現在午後16時。13時に自分が出掛けてからさっき電話が掛かってくまでの間の映像を確認する。


 早送りで映像を見ていると、14時15分にカーキー色のジャケットを着た男が裏口のほうに現れた。ドアノブに手を掛け、閉まっていることを確認する。その時、防犯カメラの存在には気付いていたが、気にせず店の入り口のほうに回る。黒髪に肩まである髪。この男の着ている服装も第二の被害者から盗まれた物と一致した。


 その後、ガラスを割る音で亘をきだし、外を確認しに来た彼をおそう。亘の体を持ち上げ向かいに停めてあった黒いボックスの車に押し込めそのまま走り去ってしまう。


 ミシェルは捜査官に映像を渡して、車の車種しゃしゅとナンバーを解析かいせきしてもらうようお願いする。彼らを見送りミシェルとシヴァは店に残った。波夷羅はいらとの口約束を守るわけではなかったが、自分達が出来ることもないからだ。



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