死と生

41 化け物はお前だけだ!

 日が傾き橙色だいだいいろの光が射し込む。壁が壊れてしまっているため、外気がそのまま空間を満たし寒さで手足が冷えてきた。亘はソファのほこりを払って再び横になっていた。食事はしたが体は気だるく、ケリーに血を吸われたの時の非じゃなかった。

 ごわごわしたシートに体を預けて煙草たばこくゆらす波夷羅はいらをぼんやり眺めていると、彼が口を開いた。


「何故、奴等は俺を探しているんだろうな」


 独り言なのか亘に問いかけているのか、波夷羅はいらが言葉をらす。亘は意識を彼に向ける。


「警察が俺を探しているのは分かるが、同種達は何故俺を狩り立てる?お前は理由を知っているか」


「あんたが、サミュエルさんを殺したからだろう」


「サミュエル?」


 一体誰だと言わんばかりに聞き返す波夷羅はいら。亘は少しむきになって答える。


「お前が殺した同種のひとだ」


「ああ、あいつか。つけられたから排除はいじょしただけだ。そんなことで何故俺を責める?」


「誰だって仲良くしていたひとが殺されれば怒るだろ!許せないって思うはずだ!」


「それは人の感覚だ。俺達にそんな感情は存在しない」


「それでも、ミシェルはあんたを許す気はないよ」


 波夷羅はいらはしばらく考えた。そして椅子の背もたれから体を離しタバコを吸って吐き出す。


「なるほど、同胞の消失しょうしつに怒ったり、お前の身を本気で心配したり。そんなことで怒りや憎悪を感じているんだとしたら、滑稽こっけいなことだな。馬鹿馬鹿ばかばかしい」


「馬鹿馬鹿しい、だって」


「人を殺して裁かれるのは人の社会でのことだ。俺達は社会の枠どころか人のいきにも入っていない。だから人を殺しても罪にはならない」


「けど、人が死んだら警察は犯人を探す。社会に迷惑がかかる。だからミシェル達は殺したりせずに、人に協力してもらって少しだけ生気を吸ってるんだ」


「それが馬鹿らしいというんだ。ちびちび生気を吸って少しの期間腹を満たして、自分は安全な領域だと思い込んでる。同種はみな化け物だというのに」


「化け物…」


 確かに同種は人ではない。

 様々な総称で呼ばれそのほとんどが悪なる者とされている。


「あいつらがしょぼくれた食事しかしないのは、自分が化け物だと認めたくないからさ。人のフリをすれば人間に成れると思ってる。馬鹿な連中だ。」


 亘はミシェル達の顔を思い浮かべた。この2ヶ月で出会った様々な同種達。彼女らと関わっていくうち亘は同種に似たところを感じていた。

 この世界のどこにも居場所がなく、何を頼りにしていいのか分からない。信頼も愛情も分からずたった一人で生きていく。

 それでも人と出会い、関わり、苦悩くのう絶望ぜつぼうも味わいながらも人と共に生きようとするみんなの事を…


 亘は何よりも"人"らしいと思っていた。



「馬鹿なのはお前だよ」



 亘は波夷羅はいらみついた。いじめっ子達に言い返した時から、亘の中で何かが吹っ切れていた。


「確かにミシェル達は人じゃないさ。でも、ミシェル達には心がある。


恋人と上手くいかなくて悩んだり、人とどう付き合ったらいいかわからなかったり…


大切な人と死に別れて泣きたいほど悲しかったり…


逆に、人に愛されて心の底から幸せだって感じたり……


そんな感情が、お前の中にひとつでもあるのかよ!」


 亘は知っていた。

 同種達も人と同じように苦しみ、悩み、喜ぶもの達だと。


「お前はただ、人と関わるのが面倒なだけだろ!人とも同種とも関わってないのに、知ったようなことを言うな!」


 亘は波夷羅はいらを睨み付ける。亘のなかで渦巻うずまく感情が眼光に宿やどる。


「化け物はお前だけだ!ミシェル達は絶対に違う!」


 波夷羅はいらはしばらく亘を睨んでいたが、やがて持っていたタバコを落とし足で踏みつけて火を消す。立ち上がり大股おおまたで亘に近付いた。

 亘は彼を怒らせてしまったと危機感ききかんを抱く。自分にせまる動きが殴り付けてきたあの男と同じだった。


「やっ、やめろ!来るな!」


 しばられた手を振り回しなんとか抵抗しようとしたが、腕を捕まれ体を引っ張り上げられる。服を引っ張られあらわになった首筋に思いっきり歯を突き立てられる。


「ああああっっ!」


 痛みで叫ぶ。

 った犬歯と歯が肉を押しぶし深く食い込んだ。溢れ出た血はそのまま波夷羅はいらの口へ流れていく。亘は痛みでもだえたが、やがてその信号も鈍っていった。生気を吸われることで肉体の感覚は遅くなり、意識も遠退とおのいていった。

 波夷羅は吸い終わった亘の体をまるで物を捨てるかのようにソファーに落とした。かろうじて亘は生きている。怒りに任せて殺すようなことはしなかったが、いつ殺されてもおかしくはなかった。薄れいく意識の中で亘は助けを求めた。



「ミシェル…」




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