不信感

26 そういう人間がいて当然じゃない

 ここ何日かのミシェルの不審ふしんな行動には気づいていた。自分が寝静まった後に外へ出掛け、明け方5時ぐらいに帰ってくる物音がする。

 彼女は自分にばれてないと思っているらしいが神経質な亘は物音で目を覚ましてしまうので確信するのに三日もかからなかった。けど亘は特に聞き出すつもりはない。

 養子という立場もあるが、彼女の生活にいちいち文句を言えるほど深い仲でもないからだ。




 そんなある日、夜中の22時半に呼び鈴が鳴った。2・3回鳴るので布団からい出てリビングにあるモニターで訪問者を確認する。映し出された人物に見覚えがあったので、音声で待つように伝えて階段を下り玄関を開ける。


 そこにいたのは茶髪で緑色の瞳をもつ女性だった。

 確か名前をケリーと言ったか。ミシェルの所在しょざいを訪ねてきたので取りあえず店の中へ入れた。店内の明かりを点けて彼女を椅子に座らせた。

 改めて容姿を見てみるとかなり整った顔立ちをしている。同種は見た目がいいと聞いていたが、ミシェルやキャシーとはまた違った感じの美女だった。

 亘がケリーの観察をしていると彼女がこちらに視線を向ける。


「この間は悪かった。襲うつもりじゃなかった」


 一月前の出会い頭のことを謝るケリー。今、考えればケリーもかなり逼迫ひっぱくした状態だったのだろう。


「いいですよ。気にしないでください。お腹が空いてたんでしょう?」


「"腹が空く"とはちょっと違う」


「それってどういうことです?」


 亘は隣の席に座り質問を投げかける。自分の同居人である同種のことについてもっと知りたいと思ったからだ。


「私達の食事は人間の空腹感から来る食欲とは別の欲求なの。わなければ自分が消えてしまう。消滅しょうめつに対する恐怖心に近い。生への渇望かつぼうといったところ」


「そうなんだ。じゃあ、血を貰いに来たんですよね。ごめんなさい。ミシェル今、家を空けてて」


「まぁ、そうだろうね。町中徘徊まちじゅうはいかいして犯人を捜してるんだから」


「犯人を捜す?」


 聞き返した亘の言葉にケリーは口をすべらしてしまったことに気づく。

 もう一度聞き直す亘に今度は無言で答える。


「ミシェルが夜中に何かしてるのは知ってたけど、本当は何をしているの?」


「知りたければ本人に聞けばいいでしょ?」


「聞いても答えてくれないよ。いつもはぐらかされたり誤魔化されたりしてるから」


 都合の悪いことは笑って誤魔化すミシェル。飄々ひょうひょうとしている彼女をどう扱えばいいのか、まだ掴めずにいた。うつむく亘を見てケリーは事実を話す事にした。


「今、この近辺で殺人事件が起きてるのはしっている?」


「ニュースでやってる通り魔のこと?」


「その2件の殺人が同種の仕業である可能性があるんだ。そして、私達の中でも犠牲者がでた」


「犠牲者?」


「同種がひとり、喰い殺された。確かサミュエルといったかな?」


 その名前に亘は目丸くする。

 知らない仲ではなかったからだ。店に来る度、明るく話しかけてくる気のいい青年だった。


「サミュエルさん、死んじゃったの?」


「私達の場合、"死ぬ"という言い方はしない。"消える"という。肉体は砂塵さじんとなって無くなってしまうからだ。何にしてもミシェルは彼の敵討かたきうちのために動いてる」


「そうだったのか」


 自分の知らない所で大変な事態になっていると知った亘。ならばこのまま知らない振りをしたほうがいいかと考えた。


「他の同種達も昼夜問わず奴を探している。あいにく私は捜索から外されてるけど」


「どうして?」


「空いた時間に探すとなると、かなり体力を使う。私は提供者も恋人もいないから、安定した生気の供給ができないの」


「ふーん」


「前に人を紹介して貰ったけど、相手の機嫌を損ねてしまったようで上手くいかなくった。どうも私は言葉が足りないらしい」


 以前、キャシーも恋人との不仲をミシェルに相談していた。見た目が良くとも相手と良好な関係を築けるかは本人の力量次第のようだった。


「やっぱり、同種の人って大変だね。俺なら生きていけないかも。俺も人の話に合わせたり、興味のないことに同調したりするのが得意じゃない。だから、友達も出来ないんだろうね」


「同種は人を写して存在してくる。口下手な同種がいるんだから、そういう人間がいても当然じゃない」


 落胆らくたんする亘を励ますような言葉をかけるケリー。ぶっきらぼうだが、根は優しいらしい。


「そうだね。みんながみんな、ミシェルみたいなら、嫌みったらしくてしょーがないね」


 亘の皮肉にケリーはくすりと笑う。その笑顔はぎこちないが可愛らしかった。その後、少しの間身の上話をしてケリーは仕事に出かけていった。




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