27 俺じゃないんだろ!

 彼女を見送った後、2階に戻って寝直そうとした亘。だが、ふとミシェルの部屋を覗いてみたくなった。彼女の部屋に入るのははじめてで整理整頓せいりせいとんされた室内を見回す。白を基調としたベットと家具が配置されクローゼットには服が多く収納されているが、案外物は少なくシンプルである。


 一番多く揃えてあるのは本だった。奥の壁一面に本棚が取り付けられぎっしりと本が並べられている。ミシェルは暇なときは読書をしており、店の棚においてある本も時間が空いたときに彼女が読むためのものだった。

 どんな本を読むのだろうと手に取るが洋書な上にし絵もないので全く内容がわからなかった。


 日本語の本はないのかと物色しているうちに、本の間に挟まっていた冊子を落としてしまった。拾おうとして目を落とすとそれがアルバムだと気づく。色褪いろあせたカラー写真にミシェルともう一人男性が写っている。インスタントカメラで撮ったのか下に日付が記してあり、西暦が1997年とあった。


「30年前か。ミシェルって本当に姿が変わってないんだな」


 本当にミシェルが百年生きているのかわからないが、少なくとも不変の存在であることは確からしい。ページをめくって写真を見ていくと、どうやらもう一人の男性とのアルバムらしかった。

 何気ない日常の1枚だったり旅行先で撮ったものたったりと、写真に写るミシェルは彼と一緒に笑っていた。アルバムを閉じて元に戻そうとした時、表紙の文字を見て驚く。


「……"わたる"?」


 そこには漢字で"わたる"と書かれていた。


 亘はもう一度写真を見返す。

 その男性の顔をじっくり見た。中年の男性で特徴がなく質朴しつぼくな顔立ちをしている。どことなく自分に似てる気がした。自分が歳をとったらこんな風になるのだろうと感じた。


 亘ははじめて店に訪れた時の事を思い出す。自分が大声で呼び掛けるまでミシェルはほうけた顔をしていた。

 あの時ミシェルは自分の事を見て驚いていた。もしかして、"この人"と自分を重ねていたのではないか?


 その時、今までの疑問がすべて繋がった気がした。


 亘は冊子を本棚に戻し、ミシェルを待つことにした。これまで誤魔化ごまかされてきたことを白日の元にさらさなければならないと思った。






 朝の5時前に帰宅し玄関を開ける。捜索を始めて8日経つが犯人の行方は分からないままだった。苛立いらだちを抑えながらミシェルは階段を上がると、上からの視線を感じた。見上げると階段の上で亘が仁王立ちしていた。


「亘?起きてたの。早起きだね」


「どこ行ってたんだ?」


 狼狽うろたえるミシェルに対し亘は威圧的いあつてきな口調で彼女をを見下ろす。心配しているというよりは初めからミシェルを責め立てているようだった。


「ちょっとね。同種の間で問題が起きて、それで夜中に呼び出されたの」


 それらしい説明をするミシェル。彼女はいつも事実を隠す。


「そう。じゃあ、ここ何日か夜中に家を空けるのは、いつも呼び出されてるのか?そんなに大変な問題なの」


「………」


 数日間、不在なこと話題に挙げられ、ミシェルは目を反らして口をつぐむ。

 亘はミシェルを睨み続けた。ミシェルが何をしているのか知っていたが、彼女の口から事実を話すまで問い続けようと決めていた。


「ごめんね、勝手に家を空けて。でもそれほど重大なことじゃないから、心配しないで」


 あくまで隠し通そうとするミシェルに対し亘は頭に来た。


「心配するな?あんたは母さんと同じこと言うんだな」


 その言葉にミシェルの顔色はかげる。亘の生みの母親は水商売の関係で夜に家を空けることが多かったが、それ以外でも夜遊びをして家にいないことがほとんどだった。


「朝方帰ってくる親にどこに行ってるのか聞いて、いちいち構うなと怒鳴られる子供の気持ちがあんたにわかるか?

どれ程、むなしくて寂しいことか」


「………わ、わたる」


 弱々しい声ですり寄って来ようとするミシェル。亘は隣をすり抜けて階段下へ向かい靴をこうとする。


「亘、待って!どこに行くの?」


「どこでもいいだろ、ほっといてくれ!」


 靴を整え玄関へ手をかけようとする亘の腕をミシェルは掴んだ。


「待って!亘、ごめん。さっきの事なら謝るから話し合おう?」


「放せよっ!」


 引き留めようとしたミシェルの手を振りほどく。彼女の傲慢ごうまん執着しゅうちゃくにはもううんざりした。


「あんたが大事なのは俺じゃないんだろっ!」


「え?」


「似てるから俺を引き取ったんだろ!アルバムに写ってた"わたる"って人に!」


 ミシェルの表情は固まった。

 空色そらいろの瞳には何も映っていなかった。

 ミシェルの反応を見て亘は確信し、そのまま玄関を開けて家を飛び出しだ。ミシェルは何もせずに立ち尽くしていた。


 スロープを走り薄暗い車道を駆ける亘を、陰で見ていた者がいるとも知らずに。



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