同種達

20 "人"じゃなくて"鬼"なんでしょ?

 11月に入り寒さが一気に増し白けた空が広がる。ミシェルの養子になって5日経った。初めは新しい環境に戸惑ったが、存外ミシェルとの生活は快適だった。食事の用意はもちろん、お弁当も毎日ちゃんと持たせてくれ、夕食は一緒に食べ他愛もない話をする。細かなところまで気を使ってくれるが決して強く干渉してこない。

 女性と二人暮らしには戸惑ったが、ミシェルは適度な距離感を保ってくれていた。




 店の手伝いはしなくていいと言われたが、亘が強く希望するので土日には店に立った。今までお昼に店番をしたことがなかったので、その客足に驚いた。

 席はあっという間に満席になり多いときは外で待ってもらうほどだった。家族連れも来店し近所の住民も利用する繁盛した店だった。自分が出勤していた時間は波が引いた時間なので、ずっと寂れた喫茶店なのだと勘違いしていたのだ。



 午後5時を回り客足が減った店に金髪の華やかな男性が来店した。


「やっほー、ミシェルさん!」


「はぁい、サム!いらっしゃい」


「亘もよっす!」


「いらっしゃいませ」


 サムは亘にも明るく挨拶する。亘は一瞬目を合わせるが、すぐに反らしてしまう。

 これは亘の癖だった。虐待していた男と目を合わせる度に難癖なんくせつけられ殴られていたので、人と視線を合わせないようにしていたのだ。


「わ~た~るっ!」


 亘の顔を覗き込みながら大声を出すサミュエル。亘もびっくりして顔を上げる。


「お前そのすぐ目を反らす癖直したほうがいいぞ。相手から見たら嫌がられてるように感じるからな。ほら、もう一回挨拶してみろ!」


「いっ、いらっしゃいませ」


 今度は目を外さず5秒間サミュエルの目を見た。じっと目を合わせるなんて恥ずかしかったが、サムはにこりと笑い亘の肩を叩く。


「よし、ちゃんと出来たな。その調子だ!俯いてばかりじゃ女の子にモテないぞ」


 最後の一言は余計だと思うが、亘の悪癖あくへきに関しては、ミシェルもなんとかしたいと思っていた。


「あんただって別にモテててないでしょ、サム」


「そりゃミシェルさんに比べたら誰だってモテてないですよ」


「あっははっ!」


 気心の知れた仲なのかむつまじく話す二人。ミシェルと同じくブロンドにブルーアイズだったが、明るく笑顔の絶えない青年だった。


「もうすぐ店閉めるから、食事は出さないよ」


「あれ?20時まで開いてましたよね」


「時間帯変えたんだ。18時には閉店して息子とディナーを一緒にしたいからね」


「ははっ、ミシェルさんって親バカだったんっすね」


 ミシェルはカフェの営業時間を朝の8時から夕方の18時に変えた。もともとランチがメインの店なので昼間に集客出来ればいいのと言って、亘のために開店時間を変えてしまったのだ。

 グラスを出してスコッチを注いでサミュエルの前に出す。基本お酒は置いてないのだが、馴染みの客には酒を振る舞っている。


「なぁ、ミシェルさん。あの犯人ってまだ捕まってないんですか?」


 サミュエルの話にミシェルは表情を変え、すぐ側にいた亘に目を向ける。


「亘。悪いんだけど、裏で在庫整理してきてくれる?」


「え、うん。わかった」


 言われて亘は調理場へ姿を消す。サミュ エルは申し訳なさそうな顔をする。


「すみません、気づかなくて」


「子供の前で殺人鬼の話は止めてくれる?」


「"人"じゃなくて"鬼"なんでしょ?」


 1ヶ月前に起きた殺人事件。2週間前に更にもう一人被害者が出て連続殺人に発展した。蜂須賀から貰った情報は仲間達にも知らせてあり、皆動向は気になっていた。


「そうかもね。今回の件で同種の犯行の可能性が出てきたね」


「だったら警察に協力しなくていいんですか」


「協力って何を?仲間の犯行じゃないんなら、犯人がどこにいるかなんて私達にもわからない。せいぜい捕まえるときに協力するぐらいじゃない?」


「消極的っすね。俺達も探したほうがいいと思うんですけど?」


「そこまでする義理がどこにあるの?確かに亡くなった方々は不憫ふびんに思うけど、同種の仕業だからって私達が使命感に駆られて犯人を探す必要なんてないでしょ」


 ミシェルの冷めた態度にサミュエルは少し面白くなさそうな顔をする。


「でも、犯人がまだこの辺にいるなら、見かけるかもしれない。貰った情報って正しいんすか?」


「ええ、男性で身長は165cm前後、髪は黒で恐らく長髪だろうって。けど、容姿はどんなのかはわからない。奴は防犯カメラに映らないように行動してるからね」


「慎重な奴ってことか。だから警察も見つけらんないっすね」


 ミシェルの情報から犯人像を想像する。好奇心旺盛こうきしんおうせいな若者にミシェルは心配そうに忠告する。


「サミュエル。

熱心なのはいいけど、もし犯人を見かけても、一人でなんとかしようとしないでね。ああいう自分本位に人を殺す奴は私達に対しても情や仲間意識なんてものはない。深入りすれば返り討ちに遭うかもしれない」


「それって年の功ってやつ?」


「ちょっと!ひとを老人みたいに言うのやめてくれる?」


 むくれるミシェルを笑い飛ばすサミュエル。店に行く時間だからと彼は手を振り去っていった。ミシェルはボトルを下の棚に戻しグラスを運ぼうとした瞬間、


……手に力が入らなくなった。




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