11 本当にいいな、お前は

 玄関を開け靴を揃えて部屋に戻る。戻ったらすぐに浴室に行って30分もかけずに入浴を済ませる。最近は自分が最後になることが多いので使った道具を片付け電気と戸締まりをする。

 施設での生活は規則正しくなるべく自分達で出来ることは自分達でやることになっている。決められた時間に物事を済ませ、職員の手をわずらわせないのが暗黙の了解だった。


 亘はアルバイトが決まった時に食事と門限に関しては多目に見てもらっていた。本来なら時間帯を乱すようなことは許されないのだが夕食は店でのまかないで済まし、ミシェルの車で移動しているので外を出歩かないというのが条件だった。

 亘はここを生活を流す場のように感じていた。帰る家だと思ったことはなく、いずれは出ていかなければならない仮の場所だと。


 部屋に戻ると卓人たくとが冊子から目を離し出迎えてくれる。


「おかえり。仕事お疲れさん」


「ただいま」


 彼は同室で亘よりふたつ年上の新浜卓人にいはまたくと。5年前にここに来てから親しくしており、亘にとっては兄のような存在だった。


「どうだ?仕事はもう慣れた?」


「うん。接客のほうはまぁまぁ。今度、料理教えてくれるって」


「へぇ、時給いくらだっけ?」


「900円、今日初めて給料貰った。手渡しで」


「いくら?」


「6万ぐらい」


「本当に変わったひとだよな。4時間しか働いてないのにまかない出して、車で送ってくれるなんて普通じゃないって」


「そーだな」


「おまけに店主は金髪美女なんだろ?目の保養にもなってうらやましすぎるわ!」


 何それ、と笑う亘。学校でも私生活でもあまり笑顔を見せないのだが、卓人の前では子供らしい表情をする。


「本当にいいな、お前は。仕事が決まって」


 亘は卓人の手元にある求人雑誌に目を落とす。卓人は来年は高校を卒業して施設を出なければならなかった。そのため今は学業のかたわら就職活動をしていた。


「仕事、まだ決まらない?」


「なかなか難しいな。宿舎付きの職場って限られてくるからさ。都心ならもっと仕事があるかと思ったけど」


 児童擁護じどうようご施設が子供を養育するのは18歳までだ。奨学金で大学へ進学する者もいるが、卓人は早く自立したいからと就職を選んだ。けれど結果はあまりかんばしくないようで、このところひどく落ち込んでいる。


「大丈夫だよ。俺でも仕事が見つかったんだから、そのうちいい職場が見つかるよ」


「そうだな」


 苦笑いをして答える卓人。あまりいい助言ができないのが、歯痒はがゆかった。




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