12 彼氏とかいるの?
次の日、朝食を済ませ食器の片付けと広間の掃除を終わらせてミシェルと出掛けるために準備をしに部屋へ戻った。出掛ける用の鞄は持ってないので、小さい財布にお金だけ入れて行こうとしたところ、異変に気づく。
昨晩ミシェルから貰ったはずの給料が入った茶封筒が鞄から見つからなかったのだった。教科書や筆ばこなどの中身を全部出し小さいポケットや外のチャックまで開けて確認したが見当たらない。
はたまた、制服や部屋の中も探したが見つからない。店に置いてきたかと考えたが、車に乗っているとき持っているのは確かめていた。施設に着いてから部屋に行き、今朝になって改めるまでの間に無くしてしまったのだった。
「どうしよう、どうしよう…」
亘は焦りと切迫感で頭が真っ白になった。
約束していた12時を一時間過ぎて亘は店の裏口に辿り着く。重い気持ちでインターホンを押すと、すぐにミシェルがドアを開けて顔を見せた。
「遅かったね、待ってたよ」
「ごめんない、遅くなって」
「いいよ!さぁ、行こ」
ドアを施錠して車へ向かおうとするミシェル。このまま黙ってちゃいけないと思い、声を出す。
「あの、ミシェル、その、出掛けるのはなしにしよう」
「どうしたの?他に用事ができた?それとも体調が良くない?」
振り返ったミシェルは心配そうに尋ねた。彼女の気遣いが逆に心苦しく亘は言葉を飲んだ。
けれど、言わないままだともっと苦しくなるので打ち明けた。
「ごめんなさい。貰ったお金、どこかに無くしてしまって」
「無くしたってどこかに落としたの?」
金品の
「店の中で落とした?探してみようか」
「いや、車に乗ってる時にあるのは確認した。車を降りて部屋に行くまでに落としたのかも。今朝探したんだけど見つからなくて」
亘の声は小さくなっていく。自分の失態を
「亘、そんなに落ち込まないで。お金を手渡しした私も悪いんだし。なんなら、もう一度用意しようか?」
「い、いいよ!無くしたのは俺の責任なんだから!」
ミシェルのどうしようもない程の優しさに亘の自責の念は募るばかりであった。ずっと俯いたままの亘にミシェルは新たな提案をする。
「ねぇ、亘。買い物行こうよ!気分転換にさ」
「けど、お金ないし」
「いーよ、そんなの。元々買ってあげるつもりだったし!行こ!」
彼女に手を引かれて車に乗り出掛けた。目的地は海沿いにあるショッピングモールであった。祝日なので多くの人が買い物に集まっており、行き交う人で溢れていた。
とりあえずは食事をしようとファーストフード店に入る。外のテラスでサンドイッチを食べていると、男性が声を掛けてきた。ミシェルが相手の名を呼び明るく対応する。しばらく談笑してから彼は人混みの中へ去っていった。
「知り合い?」
黙って二人の会話を聞いていた亘が問いかける。
「うん、店のお客さん。2・3回は来てたかな?」
「よく名前覚えてるな」
「私、記憶力がいいの。一度名前を聞けば誰だかわかるよ」
それもモテる人の条件だろうかと亘は思った。確かに自分は相手を知っているのに、相手は知らないと言われたらもの悲しくなる。逆に覚えていたら
「ミシェルってさ、彼氏とかいるの?」
「なーに?急に」
これほどの美女に特定の相手がいるのかと気になった。いたらそれはどんな相手なのだろうと興味がある。
「今は恋人もいないよ。前は付き合っていた人はいたけどね」
予想通りの答えが返ってきた。相手を一人に絞らないのか、それとも遊んでいるだけなのか。
「亘は好きな
急に自分のことに話を切り替えられて焦る亘。いないと答えた。
「そうなの?好きな人がいるだけで世界が違って見えるよ」
「好きな人なんていないし、誰も俺を好きにならないよ」
「そんなことないよ。亘は素直で真っ直ぐで、すごくいい子だから、わたしは好きよ」
「そう、ありがとう」
お世辞を言って自分をおだてる必要なんてないだろうと思い、口の中のハムとモッツァレラチーズを飲み込む。
「私も、昔好きな人がいた。その人といるだけで嬉しかったし幸せだった。もう別れてしまったけれど、その人と過ごした時間は今でも忘れられないの」
ミシェルの話に亘は意外性を感じる。純真に人を好きになったことがあるのかと感心した。
「どうして別れたんだ?」
「………亡くなったの。もう何年も前に」
てっきり仲違いして別れたと思っていた手前、亡くなったという言葉に驚く。無神経なことを聞いたと亘は落ち込んだ。
「ごめんなさい。余計なこと聞いて」
「いいの。どんな生き物も"死"は避けられない。別れは必ずくる」
ミシェルの表情は美しくも悲しそうだった。二人は昼食を終えて当初の目的だった洋服を買いに向かった。
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