08 よっぽどゴミじゃないか

 翌日、予想した通り彼らに呼び出された。昼休みに運動部が使っている部室棟ぶしつとうの裏に連れていかれる。校庭で遊ぶ声が響く中、彼らにおどされる。


「ほら、寄越よこせよ。盗ってきたんだろ」


 左のズボンに手を入れたままうつむく亘。昨日の成果を聞いていた。


「してないよ」


「あ?」


「お金は盗んでない」


 声が震えた。

 自分をしいたげる人間に対し逆らったのは初めてだったからだ。


「ちっ、腰抜けが。言われたこともできねーのかよ」


「ばれたら、捕まるよ。そんなことできない」


「大丈夫だって、その店の店主は金勘定かねかんじょううといんだろ。一万や二万、かすめ取ったってバレやしねーよ」


 亘はズボンを握りしめる。何かを我慢するときはいつもそうしてた。だが、掴んだ手を離しこぶしを握って勇気を振りしぼる。


「できない。それだけはできない。今まではパシりとかそういうのだったから従ってたけど、犯罪はできない。それは嫌なんだ」


 俯いたままだったが、強くはっきりとした口調だった。亘の急変に彼は眉をつり上げ、苛立いらだちをあらわにする。


「何いってんだよ。親に見捨てられたゴミのくせに」


 亘の顔がこわばる。

 彼らは自分の過去を知っているのだ。


「お前と同じ中学だった奴から聞いたぜ。お前父親に虐待ぎゃくたいされてたんだってな。だから今は施設にいるんだよな。親にも必要とされなかったくせに、今さら俺達に逆らおうとすんじゃねーよ」


「おい、言い過ぎだぞ」


「これくらい言ってやらなきゃ自分の立場がわかんねんだよ」


 彼の言葉に後ろの3人も嘲笑あざわらう。亘の表情は一層暗くなった。虐待されていたのは事実だった。

 亘は握ったこぶしをほどき、地面を見つめ暗い感情に押し潰されいった。


「なんで、そんなこといわれなきゃ、いけないんだよ」


 口が勝手に開いていた。

 自分でもなぜ言い返したのか分からなかった。黙っていれば、いずれ終わるのに……


「確かに、あの男は俺を殴った。母さんも俺を助けてくれなかった。けど……俺はお前たちのように卑劣ひれつじゃないぞ」


 心の中では警報が鳴っている。

 引き返せと何度も唱えているが、拳は強く握られていた。


「人のことおどして、いいように操って、他人を見下しているお前達のほうが……よっぽどゴミじゃないか」


 亘の反抗に彼は頭に来て亘に近づき顔を殴った。今まで、暴力を振るわれたことは一度もなかったが、とうとう手を上げられてしまう。殴られた勢いで地面にくずれ落ちた亘の腹を今度はり上げる。暴力を受けたことで亘の中で虐待されてた頃の記憶がフラッシュバックされ、体が震えた。


 逆らうべきじゃなかった。黙っていればこんなことにならなかったと後悔した時だった。


「はーい、そこまで~」


 まるでシーンのカットをかけるかのような場にそぐわない声が飛んでくる。その方向に目をやると金髪の美女が立っていた。


「もう証拠しょうこれたから、それ以上はしなくていいよ」


 いじめっ子達はミシェルの乱入に唖然あぜんとする。上体を起こした亘も彼女の登場に驚いた。ミシェルは亘の元へ近付き彼のズボンを探り何かを取り出した。


「誰だよ。あんた」


「あれ?私のこと知らないの?君達が私の店にいたずらしてこいって言ったんだよね」


 彼らはやっとミシェルが例の店の主だと知る。外国人がやっている店だとは知っていたがミシェルの人相までは知らなかったのだ。


「さて、取引しようか。君達4人は今後一切亘に手出しをしないでもらうよ。この子に何か頼むことも、無論暴行むろんぼうこうすることも許さない」


「何いってんだよ、あんた」


「でなきゃ亘のポケットに忍ばせてたこのボイスレコーダーを学校か警察に提出するけど、いいの?」


 ミシェルは左手に持っていたボイスレコーダーを再生する。そこには先程の会話の一部が流れてくる。昨夜ミシェルが亘に渡したのはこれだったのだ。亘は携帯を持っていないので、音声を録音できる機器を持たせ、一連の流れを撮らせていた。


「よく撮れてるね。これだけでも君達がこの子をいじめていた証拠になるよ」


 4人の顔は蒼白そうはくしていた。会話を録音されていたこともそうだが、それをネタにおどされていることに思考が追い付かなかった。

 皆、黙っていると一番後ろにいた者が少しずつ離れていった。巻き込まれたくないから逃げ出そうとしている彼をミシェルは見逃さなかった。


「ああ、後ろの君達も自分は無関係だって思わないほうがいいよ。実は動画も撮ってたんだよね~。4人全員の顔と亘を殴るところまでばっちりね」


 今度はミシェルのスマホで撮っていた動画を流す。物陰ものかげに隠れて盗撮とうさつしていたのだ。


「警察に持っていけば、暴行罪ぼうこうざいに加えて恐喝きょうかつ・又は犯罪の教唆きょうさになるのかな?

それとも君達の親に直接見せる?学校じゃ対処が遅そうだし、直におどしたほうが良さそうかな~。

あっはは!そんな顔しないでよ。私は何も難しいお願いをしてるんじゃない。亘へのいじめをやめてくれって言ってるんだよ」


 茶化ちゃかすミシェルに彼らの表情は固まった。完全にこの場の支配権を握ってしまっていた。彼女のあざやかな誘導ゆうどうに3人は従おうとしたが、一人逆らう者がいた。


「いきなり出てきて何言ってんだ!そいつを渡せ!」


 逆ギレしながらミシェルに反抗はんこうする。自分が不利な状況なのはわかっているのにどうしても服従することができなかった。


「状況がわかってないようだね。君はもはやとなえる立場にないんだよ」


 ミシェルは涼しい顔でボイスレコーダーをちゅうに放り遊んでいる。彼はそのすきにミシェルからレコーダーを奪い取ろうとして駆け出した。

 彼が動き出すのをみてミシェルはボイスレコーダーをキャッチし、伸ばされた彼の腕を掴んだ。そのまま逆側にねじりながら腕を引っ張る。無理な方向に引っ張られた筋肉きんにくは悲鳴を上げ、彼は痛みにもだえる。


「いっ、痛っ!」


「これが最後の忠告。亘に2度と手を出すな。君達を生かすも殺すも私のてのひらの中だ。

君達は祈ることしかできない。神の鉄槌てっついが自分達を滅ぼさないことをね。

それとも制裁せいさいを加えないと分からないのかな?」


ミシェルは腕の力を更に強める。ねじられた腕に激痛げきつうが走る。


「体に傷なんかつけなくても痛みを与える方法はいくらでもある。試してみる?」


「わかった。言う通りにする」


 ミシェルは彼の腕を放す。すると予鈴が鳴り彼らに教室に帰るよう促した。座ったまま呆然ぼうぜんとしていた亘を起こし、いつも通りの笑顔を向ける。


「亘、早退届出してきて。今日はこのまま帰ろう。表に車回しておくね」




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