07 そいつらに仕返ししたくない?

 数日後、亘は学校で彼らに信じられないことを言われた。無論拒んだが、やれと強く命令され拒否できなくなってしまう。彼らは思い付きで自分に指示を出す。それに対し強く反発できないことに鬱々うつうつとなりながらも我慢がまんする。




 その日はめずらしく客足が多く、それなりに忙しかった。客の対応に追われあっという間に勤務時間が過ぎてしまう。21時過ぎになってようやく片付けが済んだ。車で送るから待っててほしいと言われ、ごみ出しに行くミシェルを見送る。


 今、店には自分ひとりしかいない。

 やるなら今しかなかった。


 亘はレジを開けて一万円札に手を伸ばす。そのまま抜き取ろうと思ったが、どうしても罪悪感ざいあくかんが心にもたれ掛かる。これをしてしまえば、自分は戻れない気がした。亘は手を握りしめ、お札から手を離す。やはり盗みは出来ないと引き返した瞬間、後ろから声した。


「何してるの?」


 驚いて振り返るとそこにミシェルが立っていた。おだやか笑みを浮かべて。亘は頭が真っ白になったが必死に言い訳を考えた。


「おっ、お金が落ちてたから、戻してただけだよ」


「ふーん…」


 特に追及ついきゅうするわけでもなく軽く相槌あいづちを返す。レジを閉めてうつむいている亘の側に近寄り耳元でささやく。


「もしかしてお金盗もうとしてた?」


 亘は振り返り怯えた目を向ける。犯罪を犯そうとした場面を見られていたのだ。彼女はいつも通り澄ました表情のままだった。


「別にいいよ。欲しかったら盗んでも」


 亘の緊張きんちょうが一瞬緩む。ののしられ警察に突き出されるとふるえていたが、ミシェルの予想外の言葉に困惑こんわくする。


「私にとってお金はあってもなくてもいいものだから、構わないよ」


 盗みをしても良いとさとすミシェルに亘はうつむき口をつぐんだ。ミシェルは腕を組み黙ったままの亘を問い詰める。


「でも、変だね?給料を前借りしたいのなら言ってくれればいいし、それに亘はお金が必要な訳じゃなかったよね」


 服を握りしめ黙ってしまう亘。先に謝ったほうがいいかと思った瞬間、ミシェルは核心かくしんを突いてきた。


「それとも、誰かに盗んでこいって言われたの?」


 心臓を鷲掴わしづかみにされたようだった。背中から汗が流れ手が震える。


「やっぱりね。ねぇ、店の外に貼ってあったあの紙って亘が貼ったものだよね?あれも誰かに言われてやったこと?」


「…………」


「黙ってちゃわからないよ」


「い、いたずらしてこいって、言われたんだ。店に行って、働きたいって嘘ついて来いって…」


 やっと亘は口を開く。つき続けた狂言きょうげん吐露とろする。うつむいた瞳から涙がこぼれ落ちそうだった。


「なるほど、急に働きたいって嘘をついて、私にあきれられるか怒られるのを想定してたんだろうけど、予想に反して私が亘をやとってしまったから当てが外れたてしまったのかな?で、次は店の売上に手を出して来いって?どうしょもない奴らだね」


「ご、ごめんない。ずっと言えなくて。でもお金は盗んでません。本当です。だから、通報だけはしないで…ください」


 とうとう涙がこぼれ出す。


 自分の人生が閉ざされてしまう気がして恐怖が涙となって流れ出す。みっともなく泣き出す亘に対し、ミシェルは彼のほほに手を伸ばし目を自分に向けさせる。


「ねぇ、亘。そいつらに仕返ししたくない?」


「………え?」


 青い瞳がきらめく。ナイトブルーの瞳に自分の姿が見えた。


「私が手伝ってあげる」


 ミシェルはそう言うとスマホで誰かと連絡をとり始めた。そして亘にしばらく店で待つように指示する。


 その間学校の課題に取り組んでいると、ドアを開けて一人の男性が入ってくる。黒いレザーの上着を着た短髪の男性で持っていた荷物を机に置くと、ミシェルが止めるのも聞かずに出ていってしまう。


 取り敢えず目的の物は手に入ったのでそれを亘に渡す。亘は明日ミシェルの指示した通りに行動することにし、彼女に車で送ってもらった。




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