06 もう……もたないの

 夜の8時を回り店の片付けをしていた。椅子いすを上げて床をモップでいているとドアベルが鳴り人が入ってくる。すでに"CLOSE "のプレートを出していたのだが、構わず店内に足を踏み入れる。立っていたのは20代ぐらいの女性だった。標準的な体型で茶髪の前髪が目にかかっており、右目が髪で隠れていた。黙ったまま立ち尽くしているので、亘は対処に困ってしまう。


「あの、店もう閉まってるんですけど」


「ミシェルは?」


 ぶっきらぼうにミシェルの所在しょざいを尋ねる。どうやら食事をしに来たのではなく彼女に用があるみたいだ。生憎あいにくミシェルはごみ出しをしていて店にはいなかった。


「出ていていません。すぐに戻ると思います」


「………きみ、何?」


 店を訪れるほとんどの者は亘の存在に驚く。今までミシェル一人でいとなんでいた店で急に働き始めたので不思議に思うのだ。


「えっと、ここでアルバイトをしてます」


「あいつの提供者?にしちゃ若いね」


 言葉の意味が分からず戸惑とまどっていると女は亘の側まで近付く。


「まぁ、あんたでもいいか」


 彼女は亘の肩に手を置く。その時、亘は驚いた。彼女の手が異常に冷たかったからだ。およそ人の肌の温度をしておらず、氷のかたまりでも押し当てられているようだった。


「もう……もたないの」


 緑色の瞳に見下ろされ亘は体が強張った。綺麗きれいだが冷たい目におびえ動けずにいると、ピシャリとした怒号どごうが飛んだ。


「ケリーぃ!」


 んだ声が店内に響く。ミシェルが戻り彼女を怒鳴ったのだった。


「その子から手を離して!今すぐ!」


 普段の柔らかい表情は消え鋭い眼光で相手を睨み付けていた。ケリーと呼ばれた女性は亘から手を離し腕を力なく下げる。ミシェルはケリーを睨み付けたまま亘のもとまで近付く。亘に視線を向けるときはいつもの優しい顔に戻っていた。


「亘、もう上がっていいよ。お疲れさま」


「はい、お疲れさまでした」


 亘は二人のことを見比べてから調理場の方へ姿を消す。亘の気配がなくなったことを確認してから、ミシェルはケリーに視線を向ける。


「座って、来るなら連絡してよね」


「あんたの番号しらない」


「お店の番号なら知ってるよね、血でいい?」


「それじゃ足りない。人から吸わないとダメ」


 ミシェルはケリーの様子をじっと見つめる。顔は色味がなく手にも力が入らないようだった。ミシェルはめ息をついた後、スマホを取り出して誰かに連絡を取る。


「はぁい、コウタさん。急に電話してごめんね。今から店に来れる?うん、そう、そっか。ううん、気にしないで。また食事に来てね。じゃあ!」


 連絡相手に何かしらの交渉をして断られたようだったが、構わず次の相手に連絡をとる。ケリーはその間テーブルの木目を見つめていた。


「そう、ありがとう。じゃあ待ってるから」


 電話が終わりミシェルはケリーに声をかける。


「今からひとり来てくれるって」


「そう…」


「そもそもこの前人を紹介したよね。その人はどうしたの?」


「私に血を与えるのは嫌だって」


 ミシェルは再び重い溜め息をつく。悪さをした子供をしかるように説教をはじめる。


「あのね、ただ血を吸うだけじゃだめだって言ったでしょ?感謝と配慮はいりょがなければ愛想あいそつかされても文句は言えないよ。ただでさえ、女っ気もなくて無愛想なのに!」


 素材はミシェルほどではないが美人なケリー。だが、服装はジャケットとジーンズという地味な組み合わせの上、髪は短く男っぽかった。


「なんでそこまでしなきゃいけない」


「それが私達の生きていく術だからよ。慣れないなら血で持たせられるように、小まめに訪ねて来ることね」


「めんどう」


 これ以上つつかれたくないのかケリーは体をミシェルの方から反らす。しばらく沈黙が流れる。普通なら自分を訪ねて来たものには一杯奢るのだが、ケリーにはお茶も出さなかった。


「あいつは何なの?」


 話しかけたのはケリーだった。亘の存在を疑問に思い質問する。


「うちで働いてる子だよ」


「あんたのえさってわけ?」


「やめて!そんなんじゃない!そんな風に言われるのは不快ふかいよ」


 ミシェルは声を荒げる。彼女が感情を乱すのを見てケリーは少し亘の事に興味を持った。


「なら、なぜ側においているの?」


「あなたには関係ないでしょう」


 ミシェルはケリーの質問を突っぱねた。誰に対しても愛想がよく優しい態度で距離をとっているミシェルが、亘に関してはどこか執着しゅうちゃくしているように感じられた。何故だろうと不思議に思ったが、これ以上聞けば機嫌きげんそこねるだけだと感じ、ケリーは黙ることにした。




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