03 アルバイトしたいんだ
青いグランクーペのBMWを駐車して裏の玄関口から店へ入る。店の通用口でもあり家の玄関でもある扉だ。上着を脱いで髪をまとめ、エプロンを身に付けてから開店の準備をする。いつもは10時には店を開けるのだが、今は10時半を回っていた。自分が経営する喫茶店なので開店時間は自由に決められるし、昼前に訪れる客はほとんどいないので別に構わなかった。
レコードをかけてテーブルから
カウンターの席に座りながらひと休みしていると、ドアベルが鳴り来店者が入ってきた。午前中に来たお客に驚き彼女はドアのほうに視線を向ける。
「いらっしゃ……」
途中で
「すみません!」
少年に呼び掛けられて彼女は意識を少年に戻す。不安そうな表情を自分に向けてきた。
「あ、えっと……いらっしゃい」
なんとか挨拶をしたが、次の言葉が出てこない。席に案内したり注文を聞いたりという接客の手順はすべてふっ飛んでしまった。いつの間にか音楽が止まり
「あ……その、あの……」
話を切り出したのは少年のほうだった。おどおどした様子で話し続ける。
「ここで、働かせてほしいんだけど…」
「え?」
「アルバイトしたいんだ」
いきなり働きたいと願い出てきた少年の言葉に彼女は戸惑う。
「えーと、どういうことかな?」
「お、表に貼り紙があった。従業員募集って」
言われて通りに面した
「ん~私が出したものじゃないな。これ、誰かのいたずらかな?」
「じゃあ、人は募集してないんですね」
少年は残念がるというより少し
「変なこと言ってすみませんでした。失礼します!」
「まっ、待って!」
足早に去ろうとする少年を彼女は腕を掴んで引き留める。少年の顔は一瞬で青ざめた。
「ねぇ、働きたいって言ってたよね。仕事がほしいの?それともお金?」
「あっ、いえ…」
少年の顔色はますます悪くなり声も小さくなっていった。この子供の
「だったらいいよ。ここで働きなよ」
「え?」
驚いて少年は振り返る。青い瞳の外国人と目が合う。
「でも、アルバイトは募集してないって」
「うん。でも雇えないわけじゃないから、きみが働きたいなら雇ってあげるよ」
少年は再び顔を伏せしばらく床を見つめる。その間もずっと彼女は腕を掴んでいた。
「あの、履歴書とか持ってきてなくて」
「明日でいいよ。明日、また来てくれる?」
腕を掴む力を強め念を押す。その圧力に耐えられなくなり、少年は嘘を
「わかり、ました。明日、また来ます」
「本当に?」
「はい」
約束を取り付けて彼女は子供の腕を放す。軽く
「ねぇっ!」
呼ばれてあどけない表情の少年が振り返る。
「君の、名前は?」
動揺していて肝心なことを聞き忘れていたことに気付き、焦りながら尋ねる。
「わたる、
扉が閉まりドアベルの音がこだまする。白昼夢でも見ていたのだろうかと不安になるが、胸を押さえて現実感を確かめる。
「わたる…、ほんとうに、わたる?」
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