02 見た目に惑わされるなよ

 直線道を左折し目的地へ到着した。駐車場で空きスペースを見つけて駐車し車を下りる。ここは警察署けいさつしょだ。落とし物を引き取りに来たのでもなく、交通違反をしたわけでもない。彼女が用があるのは刑事課けいじかだった。

 受付に面会を申し出て蜂須賀はちすかのデスクまで案内してもらう。雑然ざつぜんとした捜査一係そうさいちがかりの一番奥にいる恰幅かっぷくのいい中年男性の所まで行き、男性署員だんせいしょいんが声をかける。


蜂須賀はちすかさん。永岡ながおかさんがいらっしゃいました」


 蜂須賀はパソコンから目を離し見た目が華やかな白人女性を見上げ軽く返事をする。青い瞳の彼女は案内をしてくれた男性に対しにこやかにお礼を言う。海外映画に出てきそうなほどの美女に微笑ほほえみかけられ、彼は見蕩みとれながら返事をする。


「相変わらずだな、お前」


「そーお?蜂須賀はちすかさんは老けたね。髪薄くなった?」


 40代ぐらいの蜂須賀はちすかに対しれしい態度をとる女性。明らかに年下である彼女の不敬ふけい年配刑事ねんぱいけいじは怒ることなく彼女を会議室に案内する。

 ずらりと並んだ長机の一番後ろの席に彼女を座らせ蜂須賀もパイプ椅子に座る。しばし世間話をしていると部屋に茶封筒を持った刑事が入ってくる。蜂須賀はそれを受け取り中身を机に並べる。


「さて、あんたを呼び出した理由だが、三日前に西区で変死体へんしたいが発見された。

死亡したのはその部屋に住む女性、大石真悠子おおいしまゆこ。26歳独身。独り暮らしの会社員だ。

第一発見者はアパートの管理会社の者、死亡推定日時は9月20日前後だ」


「ふーん」


 女はウェーブのかかったブロンドの髪を触りながら相槌あいづちを返す。興味なさそうな態度だったが、蜂須賀はちすかは気にせず話し続ける。


「彼女の体からは大量の血が流れていた。量にするとおよそ2リットルだ」


 人間の致死量ちしりょうゆうに越えている量だった。彼女は青い瞳を蜂須賀はちすかに向ける。


「じゃあ、失血死しっけつしってわけ?」


「違う。衰弱死すいじゃくしだ。血液は死後に抜き取られているようだが、部屋には血痕けっこんがどこにもないんだ。血液はどこかへ運ばれたらしい」


「あっはは!ずいぶん可笑しな殺人鬼がいたもんね。人の血液を集める趣味でもあったのかな?」


「とぼけんのもそこまでにしろ!これはお前らのやり口じゃないのか?」


 "やり口"という言い方に若手の刑事はけわしい顔をする。彼女は何か犯罪に手を染めているのかと考えた。


「決め付けはやめてよ。血を抜く方法なんていくらでもあるし、営利目的かもよ?」


「じゃあ、これはどう説明する?」


 蜂須賀は一つの写真を彼女の前に突き出す。現場検証の時に撮った死体の写真で女性の首元が写し出されていた。彼女の左側の首筋には人の歯形がくっきり残っていた。


「首筋に噛み傷ね、らしいっちゃらしいね」


「どうなんだ?」


 まし顔の彼女は並べられた写真を見回しひとつの写真を手に取る。被害者の肌があらわになっている腕が写っているものだった。20代の肌にしては張りがなくまるで老婆のようであった。


「仮に"同種どうしゅ"の仕業だとしたら、やり方が過剰かじょうだね。生気を奪い取った後も2、3度口を付けてるね。そうじゃなきゃここまで干涸ひからびることはない。まぁ、人の命を残さず食べ尽くしたってところかな?」


 不謹慎ふきんしんな言葉だが謎めいた発言だった。"口を付ける"とか"命を食べる"とか、まるで人を食糧しょくりょうのように言っている。


「で、あんた達の中に心当たりのある奴はいないのか?」


「一先ず私が囲ってる中にはいないよ。人との軋轢あつれきを生むような馬鹿なことする子はね。よそから来た人は管轄外。私だって把握はあくしきれない」


「本当か?」


「疑うなら事情聴取じじょうちょうしゅすれば?」


 そう言い彼女は写真を机に戻して立ち上がる。蜂須賀は不満そうに睨み付けるが、強く引き留めるつもりはなかった。


「もういいかな?そろそろ店開けたいし、おいとまするね」


「この件はあんたらの力を借りることになると思うんだが」


「情報は共有しとくよ。けど、犯人を探すのはあなた達の仕事でしょ?じゃあね」


 ひらひらと手を振り彼女は会議室を出ていく。彼女がいなくなると新入りの刑事が首をかしげながら訊ねる。


「何なんすか、あの人は?めっちゃ綺麗なひとでしたけど」


「見た目に惑わされるなよ。中身は悪魔だからな」


 終始しゅうし彼女に見蕩みとれてた新米刑事に釘を刺す蜂須賀はちすか。かつて自身もあの美貌びぼうと内面の違いに騙されたことがある。


「事件の事を話すってことは何かの専門家なんですか?」


「まあ、そんなところだ。この件は"人間"側だけじゃ解決しないだろうからな」


「どういうことです?」


「そろそろお前にも話してやってもいいかもな。この世には"人じゃないもの"が存在するのさ」



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