17. 大切な居場所

「良かったのか?」

「何がですか?」


 焚き火を囲みながら、私はライトと穏やかに語らう。

 傭兵団にとっての日常。

 聖女様を野宿させるなんて……と青ざめていたライトだったが、そんな経験も新鮮で楽しかった。

 あれから随分とたくましくなった気がする。



「あそこで頷いておけば、王国に戻れたんだぞ?

 野宿続きの生活ともおさらばだ」

「ライト。私の返事が分かった上で聞いてますよね?」


 私が聞き返すと「まあな」とライトも茶目っ気たっぷりに返す。

 


「ありがとう、ライト。

 あの時、私に付いてきてくれて」

「こちらこそ、アンリエッタ。

 あの時、置いて行かれてたらと思うとゾッとする」



 こてんと横になるライト。

 そのまま甘えるようにライトが私の膝に頭を乗せてきた。

 そんな彼の髪を、優しく柔らかく撫でる。



「もう、ライトは甘えん坊ですね」

「……騎士がこんな風に甘えて、格好悪いと思うか?」


「いいえ。

 ライトは誰よりも格好良いですから」



 私にとってあまりにも当たり前のこと。

 何気ない言葉を聞いて、ライトは驚いたように見つめてきました。



「あのときの秘密を話します」


 追放される際には、墓まで持っていこうと決めた気持ち。

 ライトを愛おしく思う気持ちは、無くなるどころかより強く燃える炎のように私の中で燻っていた。



 真剣な話だと悟ったのだろう。

 ライトは起き上がり、私の方に向き直る。  



「……私、ライトのことがずっと好きでした。

 これからもあなたと生きて行きたいとずっと夢見ていました」 


 頬がみるみるうちに熱を持つ。

 あのとき言えなかった言葉。

 私とライトをチリチリと焚き火の光が照らす。

 


「……そ、そんな俺にとって都合の良い夢なんてあるわけが――」


 呆然といった表情。

 夢だと本気で疑っているのか、思いっきり頬をつねったりもして。

 そうしてようやく現実だと受け入れる、



「……アンリエッタは、本当に俺なんかで良いの?」 


 いつもの自信満々でのんきな表情はどこへやら。

 不安そうにライトは問う。



「ライトが良いんです。

 思えば最初に会ったときから、ずっとあなたが心に住みついていたんです」

「俺だって同じだ。

 こんな日が来ることを望んで――でも俺なんかじゃ釣り合うはずがなくて…………」


 現実を受け入れられないとでもいうように、ライトは私をまじまじとみつめてきた。


「……私はもう聖女でもなんでもないただの人間ですよ?

 そう考えるとライトは世界の英雄で、私の方が釣り合いませんね……」


 しょんぼりと私が言うと



「そんなことはない!」


 思わずといった様子でライトは口調を強くした。

 それから「あっ」と我に返ったように表情を改め、


「到底釣り合わないと思って、それでも諦めきれなくて。

 往生際悪く国外にまで付いてきて。

 君の笑顔が見たい一心で。

 君と釣り合う人間になりたくて、俺は必死に剣の腕を磨いてきたんだ」


 噛みしめるようにライトは言う。


「ライトは立派な騎士――いいえ、英雄ですよ」

「アンリエッタ。

 俺も君のことが好きだ。

 もう君なしで生きて行く日を想像出来ない!」


 そう言うと同時に、ライトはしっかりと私を抱きしめた。

 一緒に国外を旅するうちに、すっかり少年から青年へと変わっていったライト。

 身を任せ私はうっとりとライトを見上げる。



「アンリエッタ、これからもどこへ行くにも一緒だ。 

 魔獣をすべて倒して――伝説を作ろう」

「それは大それた目標ですね?」


「叶わない夢はないってことが、今日分かったからさ」

「……不思議です。

 私もライトとなら、何でもできそうな気がします」


 ライトの胸の中で私は未来を思い描く。

 彼の夢は、私の夢だ。

 私たちが力を合わせれば、出来ないことなんて何もない。

 それは幸福な未来予想図。



「……ポルク、何ですか。その眼は?」

「別にー?

 俺たちのことを忘れて、ふたりの世界に入りやがってとか。

 全然これっぽっちも思ってないよ?」


 今日ぐらいは許して欲しい。

 私はライトの胸の中で、訪れた幸せを噛みしめる。


 "聖女"という役割から解放してくれたのは、この人だ。

 追放された時には付き従って居場所を作ってくれた。



 ライトになら私の全てを委ねられる。

 彼と一緒なら、どんな時でも素敵な未来を見ていける。





「私、手に入れたよ」


 こうして手に入れた大切な居場所だ。

 何があっても手放す気はない。


 2人の未来を祝福するように夜空には星が瞬いていた。

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救国の聖女は愛だけを望む アトハ @atowaito

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