16. 国に帰るのはお断りです

「お願いです。

 私の大事な人たちを守ってください」


 聖女は祈る。

 役割のためでも打算のためでもなく。

 ただ自らの大切な居場所と、愛する者を守るため。



「いつもありがとな」

「いいえ、私にはこれぐらいしか出来ませんから。

 ――ご武運を」


 ライトは魔獣の群れ突っ込み、双剣を振るって縦横無尽に暴れ回る。

 聖女の加護を受けた傭兵団のメンバーも、それぞれの得物を手に魔獣に挑みかかる。

 騎士団が叶わないと匙を投げた魔獣の群れが、バタバタとなぎ倒されていく。



「な、何だこれは……」


 呆然と呟くアルベルト。

 現れた魔獣の群れを屠るのに1時間もかからなかった。

 騎士団が匙を投げた魔獣の群れとの交戦も、ライトたち傭兵団にとっては日常茶飯事だったのだ。


 さらに奇跡は続く。

 聖女・アンリエッタが天に祈りを捧げると、負傷して動けなかった騎士団員を淡い光が覆ったのだ。

 命に関わる重症だった者たちの傷がみるみる癒えていく。



「こ、これが救国の聖女の奇跡……」

「神の遣わした奇跡に感謝を!」

「聖女様万歳!」

 

 それはいつぞやの光景の再来。

 今やアンリエッタは騎士団員の心を完全に掴んでいた。

 しかしアンリエッタは首を振ると、きっぱりと言い切った。



「いいえ、私は聖女なんかではありません」


 自身の望みを叶えた芯の強い女性の声。

 アンリエッタが示したのは、かつての聖女とは似て非なる生き様。



「いいえ、あなたは救国の聖女様です。

 どうか国にお戻りください。

 偽聖女というのが冤罪であるのは、もはや周知の事実だ」


 唖然とする騎士団長をよそに、前に進み出たのは副団長。

 アンリエッタの前に跪く。



「国王陛下は、唆され愚かな行為に踏み切った王子を廃嫡することに決定した。

 聖女様を卑劣に嵌めた騎士団長にも、厳罰が下されるであろう」

「バ、バカな……」


 わなわなと震えるアルベルト。

 当然だろうという空気が流れ、その様子を誰もが冷たく見つめる。

 


「聖女様のことは、より丁重にもてなそう。

 望むなら追放騎士の処分を取り消しても――」

「お断りです。

 私、ようやく欲しいものが手に入りましたから」


 ライトとアンリエッタは幸せそうに見つめ合う。

 そんな様子を生温い視線で見守る傭兵団の面々。



(ああ、国外追放された先で。

 彼らは第二の人生を見つけたんだな……)


 聖女から王国への未練は微塵も感じられない。

 王国は聖女に見限られたのだ。


 真に望むものを与えることもできず、それどころか権力争いに巻き込み追放刑まで言い渡したのだ。

 当然のことであろう。

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