3. 誰よりも孤独だった

 ある日のこと。


「アンリエッタ様、パーティーへの招待状が届きました」 

「……何故、私に?」


 王城でパーティーが開かれるという招待状が私のもとに届いた。

 困惑してメイドのメアリーに尋ねると、



「聖女への日頃の感謝を示すためのパーティーです。

 アンリエッタ様のために、王国中から名立たる出し物が集められたお祭りなんですよ!」


 主人のための国を上げてのお祭り。

 メアリーは誇らしそうにそう語った。

 楽しそうなメアリーとは裏腹に、私は憂鬱であった。

 

 聖女といっても貴族のマナーには疎い。

 華々しい令嬢と談笑しながら、世間話に話を咲かせ情報収集を行うのが貴族のパーティーである。

 到底うまく対応できる気がしない。


「メアリー、このパーティーは欠席することは出来ないかしら?」

「パーティーの主役は聖女様です。

 休んだら普通に再調整されると思いますよ?」


 げっそりした。

 そう言われてしまえば、覚悟を決めるしかない。 



 嫌なことが待ち受けているときほど、月日の流れは早いものだ。

 あっという間にパーティーが開かれる日となった。


 名のある吟遊詩人の語りに、歌姫による見事な歌唱。

 料理人の腕が存分に振るわれた香ばしい料理の匂いは食欲をそそる。

 煌びやかに飾られた装飾は、会場の空気に馴染んでおりセンスが良い。


 私は特等席に座らされた。

 隣には王子が座り、聖女と王子の仲睦まじい様子を演出する。

 国の将来が安泰であることを印象付けるためだ。

 その意図に気が付き、私もどうにか笑顔を作り談笑を続ける。



 私のために開かれたパーティといいつつ、その中身はただの王国自慢。

 自慢げに演目について語る王子に悪気はないのだろうが、


(落ち着かない……)


 視線を感じる。


 一挙一動を見られているのだ。

 あらためて実感する。

 望む望まざるにかかわらず、聖女はこの国の中心にいる。



 ようやく出し物が終わる。

 ようやく息を付けるかと思ったのも束の間。

 待ってましたとばかりに、名のある貴族のご子息が次々と私に挨拶をしにやって来た。



「お目にかかれて光栄だ、救国の聖女殿。

 地上に舞い降りた天使のように美しい」

「これは丁寧にありがとうございます」


 誰もが似たようなことを言い、私を最大限に持ち上げる。

 貴族のマナーなんて分からないので、私はペコペコと頭を下げていた。

 もっともそれを馬鹿にする者もいない。


 ひたすらに媚びた視線を向けられた。

 内心では嫌気が差していたが、それを表に出すことはしなかった。



 うんざりしてパーティー会場を見渡すと、ふと視界に入った光景があった。

 仲睦まじそうに微笑み合う少女と少年の姿。


 一世一代の決心をするように少年がダンスに誘い、少女は照れながらも受け入れる。

 この世の幸せ全てが凝縮されただらしない笑顔を浮かべる2人。

 あまりに初々しい光景。


 ――どれだけ願っても、私には手の届かない光景。



「いつか私のことを見てくれる人が現れるのかしら……」


 ぽつりと口をついて出た言葉。

 私はため息をつく。



 私の回りにはたくさんの人が集まっていた。

 救国の聖女という肩書に惹かれた人間たちだ。


 誰もが聖女を求めていた。

 私の事なんて誰も見ていない。

 己の権力に繋がる聖女の力のみを欲しているのだ。


 誰よりも注目を集めながら、私は誰よりも孤独であった。

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