第24話
「どうでしょうか」
アイルの声を聞いてから顔をあげると、そこには……天使がいた。
いや、天使じゃなくてアイルなのだが、それくらい可愛かった。
美しかった金髪は、これまた美しい銀髪に変わっている。
この髪は僕が染めました。とても鼻が高いです。
「素敵だと思う……よ?」
どうでしょう、という問いかけに、そんな言葉しか出なかった。
このボキャ貧やろうが、だからモテねーんだぞ。
「ありがとうございます。」
それに対してアイルも事務的な返事をする。
この能面やろうが。だからラブコメなら怒られるっていってるだろーが。アイルは俺と違ってモテそうだけど。
……にしても、ほんとに可愛い。金髪のアイルを見慣れていたから、そのギャップで……というのも、勿論あるのだろうけど。それでもかわいい。
なんて……とんでもない女だ。
片腕を失うこともなく、髪の色を変えるだけで、ミロのヴィーナスを超えやがった。
「と、サクラくんにこれを。」
そう言って、アイルが何かを手渡して来た。
それは……シースナイフだった。
シースから出してみると、その刃はとても輝いていて、自分の顔が映るほどだ。
「これは……?」
「護身用です。」
勿論俺に、ナイフの心得はないが、持っているのと持っていないのでは、確かに差があるだろう。
それに、これはアイルからの始めてのプレゼントだ。大事にしよう。
アイラはペンダント。その妹はナイフ。なんだか少し笑ってしまう。
随分と攻撃的な妹じゃないか。
「ありがとう。大切にするよ」
ナイフをシースにしまう。
「それでは、グランツに向かいましょうか。」
アイルがそういったところで……
「たっだいま〜…って、どったのアイル。その髪」
ナナリーが家の中に入ってきた。ここは彼女の家なのだから当たり前なのだが。
「イメージチェンジです」
アイルはめんどくさそうに答える。本当に友達なんですかねこれ。
「ガラリと変えたねー」
ナナリーが椅子に腰掛け……しばらくしてから、「はっ!」と驚きの声を上げた。
「いっけな〜い!婆ちゃん家に忘れ物した!!!」
「カレンおばさんの所ですか?」
ナナリーの言う、婆ちゃんという人物はアイルと共通の知人のようだ。
「そう!悪いけどアイル。取ってきてくれない?家の場所は変わってないからさ」
アイルは露骨に嫌な顔をした。
「え、自分で取りに行けばいいじゃないですか」
アイルの意見はごもっともだ。
「今日はもう家から出たくない!」
ナナリーは強い語調だ。なんというカリスマニート。
「一生のお願い!うちにも泊めて上げたでしょ?」
ナナリーが、ぱんっ!と手を合わせる。
安いな、こいつの一生。
「う……」
アイルが唸った。泊めて上げたというのが効いたのだろう。優しい奴め。
「……わかりました」
アイルは渋々と了解して、こちらを見てきた。
「俺はここで待っとくよ。婆さんとやらと、積もる話もあるだろ?」
「なるべく早く戻ります。」
そう言って、アイルは家を出ていった。
「うふふ〜二人っきりだね」
ナナリーなぜだかニヤニヤしている。
女性と二人っきり。喜ばしいことだ。
ナナリーの方を見やる。相変わらずボサボサの髪に、だらしない服装だ
ナ髪や格好を整えれば十二分に美しい女性だなのに……。っと、俺だって人様に言えるようなものじゃないな。
「忘れ物って…大事なものなのか?」
「うーん……っと、そうだね」
なんだろう。歯切れが悪い。
触れられたくない話だったのか。なら話題を変えよう。
「アイルとは、付き合い長いの?」
「うーん、そうだね。アイルのお姉ちゃんも入れて、いつも三人で遊んでた。」
「へー、アイルの小さい頃とか想像できないわ」
「私やアイラに振り回されながらも、いつもニコニコしてたよ」
「アイルがしっかりした性格になったのも、お前らのせいかもしれないな」
上がちゃらんぽらんだと下がしっかりするとかなんとか。
……アイラはべつにちゃらんぽらんはしてないけど。
「………本当に忘れ物があるのなら、あそこに忘れちゃったのかな……」
「ん?……なんて?」
ナナリーが何かを小声でつぶやく。うまく聞こえない。
「いやいや、なーんでもないよ。それより、今まで色々大変だったよね?疲れてない?おっぱい揉む?」
そう言ってナナリーは自分の胸を寄せる。ちなみにアイルより大きい。
「遠慮しておきますよ。高くつくかもしれないし」
ナナリーの冗談を、冗談で返しながらも、俺の胸には……
小さな針が刺さった。
……『色々大変だったよね?』
そういえば……俺達がここに来るまでの状況は、一切伝えてない。
』
それどころか、俺の名前も名乗っていない気がする。
何も知らないのに、大変だったねなんて言葉が出るのか?
いや、考えすぎだ。最近の悪い癖。
彼女はアイラとアイルの友人。信用に値する。
それに、俺達の事情だって、今朝俺が起きる前に、アイルが話したのかもしれない。
「あれ?今までそんなの持ってた?」
ナナリーが見つめているのは、先程アイルに貰ったナイフだった。
「あー、護身用にってアイルがくれたんだ」
「へー、あのアイルがねぇ」
見せて見せて!っとナナリーが言ってきたので、ナイフを渡す。
「おぉ!カッコいーじゃん!せいっ!とりゃぁーー!」
ナナリーが、シースからナイフを抜き、振り回して遊ぶ。普通に危ない。
「おいおい、危ないぞ」
注意をしたが、やめるどころか、動きが段々とオーバーになっていく。
「うぉりゃー!………って、うわわっ!?」
そして、勢い余って部屋の真ん中にあるテーブルに、盛大にぶつかってしまった。
ガシャーン!という大きな音を立てて、テーブルの上に置いてあった食器などが落ちる。
ナナリーは「やっちゃったー…」といいながら頭をかいた。
「っ…たく。言わんこっちゃ無い。」
俺は床に這いつくばる様な形で、床に落ちたものを拾っていく。
割れている食器もある。怪我をしないように気をつけないと。
すると、ナナリーが俺の近くまで来る音が聞こえた。
ナナリーは立ったまま、口を開く。
「拾ってくれてありがとう。そして………ごめんね?……………ゼクス」
瞬間。先程の会話のなかで、俺の胸に刺さった針が音を立てはじけた。
アイルが話しただけという可能性はまだある。
だが……しばらく、『サクラ』と、本名で呼ばれていた俺にとって…
『ゼクス』という呼び名は、大きな違和感を与えた。
落ちたものを拾うのをやめ、急いで顔をあげる。
そして………俺は見た。見てしまった。
持っているナイフを……今まさに振り下ろそうとしている……
──不敵な笑みを浮かべた、ナナリーの姿を──
世界の為に死んでくれ @sorako77
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