第21話
朝起きた時、隣にアイルはいなかった。
流石は元使用人。朝は早いようだ。
しかし…それより驚いたことがある。
それは……あのだらしない女、ナナリーが俺よりも早く起きて、すでに出かけていた事だ。
勝手なイメージだが、昼頃にダラダラと起きてそう。ご飯は三食ちゃんと食べなさそう。
まあ、そんなことは割とどうでもいい。
俺は…アイルと二人。家主の居ない家で朝食を取ったあと、早速出かけていた。
アイルに連れられる形で歩く。
しばらく歩いたあとで……ふと、アイルは足を止めた。
目の前にあるものは……なんだろう、森の入り口?
「この森を抜けると、目的地である……グランツの街に行くことが出来ます。」
あ、森の入り口で正解でした。
「追手を考えても、すぐに向いたいところですが……魔物も出るので、準備してから向かいましょう。」
この森には魔物が出るのか……ってあれ?
ここが森の入り口で、その森には魔物がでる……と言うにしてはなんというか、警備が薄い……?
薄いというか皆無だった。
大きな門や砦はなく、申し訳程度に柵が立っているだけ。俺でも乗り越えられそう。
それに…門番のような人物も見当たらない。
「あそこ。木の中に光るものが見えますか?」
そんな俺の思考を読み取ったのか、アイルは説明してくれる。
アイルが指を指している場所を見ると……木に何かが埋め込まれている。
ひし形をしている石のようなそれは…淡い光を放っていた。
「あれがどうかしたのか?」
「あれは……魔力結晶と言います。」
「魔力…結晶?」
「はい。高度な魔法使いは、自分の魔力を固めて、結晶にすることが出来ます。それが魔力結晶です。」
アイルは続ける。
「魔力結晶と、それを作り出した術者は見えない線で繋がっていて、術者が遠くに居たとしても魔力結晶を起点に魔法を使うことが出来ます。」
ふむふむ。全然わからん。
「つまり…どういうこと?」
アイルは理解力の無い俺に呆れる訳でもなく、また説明してくれる。やっぱり根は優しい子なのだ。
「あそこの木に埋め込まれているような魔力結晶が、いくつかこの街を囲むように配置されています。それぞれの魔力結晶を繋ぐようにして、街全体に結界を張っているんです。」
あー、なんとなくわかった。
なんというか……つまり魔物が入ってくる心配はないってことだね!!
……街全体を結界で包む魔法使いか。なんだか規模が大きい。この世界のあらゆる街にはそんな規模の魔法使いが滞在していて、結界で街を守っているのだろうか。
「なんか、ごめんな。物分り悪くて」
「いえ。サクラくんは魔法とは無縁の世界から来たのですから、仕方ありません。」
「……っ」
そうだ……俺はこの世界の住人じゃない。
そのことを自覚した瞬間。昨日の夜の思考を思い出す。
絶対にしてはいけない思考。
考えては駄目なこと。
この世界の………アイラの否定。
俺は……元の世界に……もどり………
「サクラくんは…元の世界に戻りたいですか?」
ただならぬ様子に気がついたのか、アイルが口を開く。
「この世界に来たくはなかったですか?」
その質問は、今まさに俺が考えていたこと。
質問をするアイルの表情は、いつも通りだった。いつも通り、感情が読み取れない
その質問の答えは…俺の中ですでに出ている。ただ認めてはいけないと、ブレーキがかかっているだけ。
正直……日本に帰りたい。あの空虚な日々が懐かしい。
それはアイラの否定になる。つまり……アイルをも傷つける事になるだろう。
嘘をつくのは簡単。
そんなことは無い。アイラやアイルに出会えて幸せだった。そう笑顔で答えればいい。
だが、俺は嘘があまり好きではない。
なぜかってーーー嘘はきっと残酷だからだ。
『真実は残酷だ』。これはよく言われること。
なら、反対に嘘は優しいのか?
いや………きっと違う。
だって……貫き通せる嘘なんて、存在しないのだから。
嘘をついたとしても……やっぱりそれは嘘。いつか暴かれ、真実が明るみにでる。
そして…その真実はやっぱり残酷で…一度嘘をついた分。その痛みを増してしまう。
だから俺は……アイルの質問に………
「そんなこと………無いよ。俺はアイラやアイルに会えて、幸せだ。」
………たとえいつか残酷な真実に変わるとしても。
「だから…命を狙われてる今でも、ここにいれて幸せだよ。」
今この瞬間に、目の前の少女の悲しい顔を見ることも、アイラを否定することもできなかった。
俺は……そんな弱い自分が大嫌いだ。
「本気で。言ってるんですか?」
「当たり前じゃないか」
目の前の女の子を不安にさせるな。
「アイラには優しくしてもらったし。」
……笑え。
「こんな美少女と旅をする事になったし。」
……笑え。
「しかもなんと!一緒のベッドで眠ることもできたからねっ!」
俺は…今。綺麗に笑えているのだろうか………
「それ。そんなに握ると潰れてしまいますよ」
「え……?」
アイルに言われて気がつく。無意識のうちに、アイラから預かったペンダントを握りしめていた。
その手は微かに……震えていた。
まずい…手の震えに気が付かれたか?
慌てて手を後ろにまわす。
「サクラくんがそう言うのなら信じましょう。」
そう言ってアイルは踵を返す。
「思ったより長話になりました。そろそろ行きましょうか。」
アイラは歩きだし、俺もあとを追う。
いつか……心から、この世界に来れてよかったと。
少しの迷いもなく言える日が来ることを…心から願いながら。
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