第16話

第四勇者と別れたあと、しばらく歩いていると……遠目に馬車を発見した。


あれが、アイラの用意した馬車だろう。


しかし、その時。


「待ってください!」


と、後ろから声をかけられた。


本日四回目。気分は芸能人だ。


しかし…このタイミング……明らかに俺を捉えに来た刺客だろう。


返事も、振り返ることもせずに、馬車へと向かって全力で走った。


「ちょっ………なんで無視するんですか!」


ん?この声何処かで聞いたことがあるような……いやいや、今は馬車へと急ぐんだ。乗ってしまえば俺の勝ち。


声の感じからして、まだ距離はあるはず。十分間に合う……はず……なのだが……


ドドドド!っと凄まじい勢いで足音が近づいてくる。


これ、やばい。馬車につく前に追いつかれる。


「くそ…っ!」


両足に、さらに力を込める。


先程のフィーアといい、俺以外は化物だらけだ。


そしてついに……後ろから腕を掴まれた。


「捕まえ…ました」


……やはり声に聞き覚えがある。


警戒しながら振り向くとそこには


アイラの双子の妹……アイルがいた。


俺が振り向くと、アイルは掴んでいた手を離す。


アイルの服装はいつのようなメイド服ではなく、動きやすそうな服の上からローブを羽織っていた。


「アイル……どうしてここに?」


そう。なんでここにいるんだ。


アイルは、アイラが引き止めていたはず。


そのアイルがここにいるという事は………


姉思いのアイルの事だ。万が一のことは無いと思う。


しかし…何故アイルは俺の手を放した?捉える為なら掴んだままでいい。


それに、今までとは、顔や声の印象が違う。どこか……柔らかくなっている気がする。


「貴方にお願いがあって来ました」


アイルが先程の質問に答える。


「私も、連れて行ってください。」


✦✦✦✦✦✦✦✦✦


力で劣る俺が、アイルの要望を断れる道理もなく、あのあとは二人で馬車に乗り込んだ。


「行き先はグランツの街で良かったんだよな?」


「いえ、貧困街に変えてください。」


「おっけい」


アイルと御者がそんなやり取りをしている。


あれ?グランツとか貧困街とか色々わからないけど、アイラが指定した場所を簡単に変えて良いのか?


そもそも、アイルをどこまで信用していい?


……何故付いてきた?


一緒に残ったアイラはどうしている?


頭の中に数々のクエスチョンマークが浮かぶ。


考えてても仕方がない。よし、思い切って聞いてみよう。


「あの……」


「貴方の……」


俺が質問をしようとしたタイミングで、アイルも口を開いた。


先にどうぞ、と言うとアイルが質問を投げかけてくる。


「貴方の名前を教えてください。」


俺の名前か……質問の答えは簡単。


だが、アイラは最後に俺のことを『サクラ』と呼んだ。


当然アイルにも聞こえていたはず。つまり、質問の答えをアイルは知っている。


じゃあなぜそんな質問を……って名前を聞かれただけで考えすぎか。


「俺は双葉桜だ」


「素敵な名前ですね」


アイルの表情は変わらない。


「日本の人の名前の良し悪しなんて分かるのか?」


「正直……わかりません。」


……本当に正直だな


今までは自分の名前があまり好きではなかった。


女の子みたいな名前だとイジられたことは一回や二回じゃないからだ。


だが……アイラに名前を呼んでもらえたときはどうしようもなく自分の名前が愛しく思えたことを覚えている。


「異世界にほんの人は、名前に特別な意味を込めるとお姉様に聞きました。貴方の名前も…きっとご両親が、貴方の幸福を願ってつけてくれたのでしょう?なら、やはり素敵な名前です」


その理論なら、日本人の名前はすべて素敵になってしまう。


………自分の名前の意味を、俺はよく知らない。


春生まれだからとか…生まれた日に桜が咲いていたとか、きっとそんなところだろか。


「サクラくんは、何を言いかけていたんですか?」


ん?サクラ




そういえばアイルたちは何歳なのだろうか、アイラも妙にお姉さん風を吹かせていたけど……


「アイル達って、何歳?」


少し気になって、考えていものとは違う質問をする。


「16です」


「俺17」


アイルがキョトンとした顔をする。


同じか、年下くらいだと思っていたのだろう。


「………この世界でサクラくんは0歳です。だから『くん』で問題ありません」


………何というか謎理論。アイルってこんな子だったのか。


「そんな事が聞きたかったのですか?」


「えっ………と、何で、俺に付いてくるんだ?」


少々ずれてしまったが、本来の質問をする。


それに対するアイルの答えは……


「お姉様に頼まれたからです。」


とても簡単なものだった。


「アイラに?」


「はい。サクラくんを一人にしないでほしい。サクラくんが生きる手助けをして欲しいと。」


「………なんで、わざわざアイルに頼む?アイラが付いてくるんじゃ駄目なのか?」


正直…俺はまだアイルを信用しきれないでいた。


それも仕方のないことだろう。


先程まで敵意をもって立ちふさがっていた相手なのだから。


「それは……お姉様が私の身を案じてだと思います。」


「……どういうこと?」


アイルの身を案じて?


俺に同行させる事がどうしてアイルの身を案じる事になる?


「もしも、お姉様がサクラくんと一緒に行ってしまったら、城に一人残されは私はどうなってしまうと思いますか?」


「……なるほどな」


つまりはこういう事だ。


アイラが俺と一緒に旅に出たとする。そうするとアイルの立場が危うい。


犯罪をおかした人物の妹になるわけだから当然だ。


さらに、その立場は使用人である。何をされてもおかしくは無い。


この世界での基準はわからないが、牢屋に入れられるとか…最悪処刑だってありえるのかも知れない。


だが……逆なら。


アイラが一人残される分には問題ないだろう。


なんたって彼女は召喚士。国にとっても大切な存在だ。酷いことはされない。


「お分かり頂けましたか?私がサクラくんに同行するのはお姉様の意思。私に悪意はありません。」


「アイルを……信じてもいいのか?」


もし、アイルが俺の命を狙っているのなら、殺せるタイミングはいくらでもあったはず。


だから殺意は無いと信じたい。


だが………聞かずにはいられなかった。


その質問にアイルは答える。


「ええ、信用して頂いて構いません。裏切らないと……お姉様に誓います。」


お姉様に誓う?そこは神様じゃないの?


真顔でそんなことを言うのだから……思わず笑ってしまう。


「何を笑っているのですか?」


「だって………普通は神に誓うものだろ?」


俺がそう言うと、アイルは顎に手を当てて何かを考える。


やがて……口を開いた。


「居るかも分からない神に誓うよりも…お姉様に誓った方が確実では無いでしょうか」


認識を改めよう。こいつはアホの子なのかも知れない。


だが………


「わかった。アイルを信じるよ」


なぜだろう……この少女を信じようと思った。


アイルに向かって左手を差し出す。


「これからよろしくお願いいたします。」


アイルはその手を取り……握手をかわす。


──このときの俺は知らなかった──


この一夜の出来事が、世界にどれだけの影響を及ぼすのかを。


また…この少女が、俺の中でどれだけ大きくなるのかを──

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