第13話

サクラが飛び出してから数分後。


私──アイラ・コールは、妹のアイルと睨み合っていた。


ちょっとカッコつけて姉妹喧嘩!なんて言っちゃったけど、そんなつもりはまったくない。


アイルも私と事を構える気は無いのだろう。こちらの出方を伺っている様子だ。


しかし……道を譲れば、すぐにでもサクラを追いかけに行ってしまうのもまた。


さて……この気まずい沈黙をどうしようかな……


「お姉様。いつまでそうしているおつもりですか。はやくどいてください。」


先に沈黙を破ったのはアイルの方だった。


「私がどいたら、サクラを捕まえに行くでしょ?」


「当然です。それが世界の意思ですから」


「世界の意思ね……」


相変わらず、なんて……なんて真っ直ぐな妹なのだろう。


「………アイルの意思は?」


この妹はそれが正しいと本気で思っているのだろう。


「アイル自身はさ、どうしたいの?」


でも……私は知っている。


「本当のアイルはどこに居るの?」


この妹が……悩んでいることを。


心の中で泣いていることを、姉である私だけは知っている。


「私がどうしたいのかなんて関係ありません。世界にとって正しいのは私で、間違っているのはお姉様です。」


………本当に真っ直ぐ。真っ直ぐなのだ。


──だからこそ、危うい。


何処かでポキリと折れてしまうのではないかと思ってしまう。


「確かにアイルが正しいのかも知れない。でも私は、サクラを助けた事を後悔なんてしないよ」


今までアイルの前ではあの人と呼んでいたが、あれだけ大声でサクラと叫んだ後だ、わざわざ名前を隠すこともない。


「そんなのは……都合が良すぎます。今まで沢山殺したんですよ?罪のない人を、この世界とは関係のない人を」


その言葉は……何処か悲しみを含んでいて。


「その人生にあったはずの喜びも、悲しみも。すべて奪って来たんですよ?でも仕方なかったんです……それが………


その声は……自分に言い聞かせるようで。


「だからもう。後戻りは出来ないんです。彼だけを救うなんて出来ない。私達の手は……真っ赤に汚れているのだから……。」


その顔は今にも泣きだしてしまいそうだった。


「だから、だから……私が彼を……殺……」


「アイル」


だめだ。その先を言わせてはいけない。


「確かに私達は……。ううん、罪が溢れてる。でもさ…関係ない。関係ないんだよ、サクラには」


都合がいいことなんて分かってる。


「私達の罪も。世界の危機も。サクラには関係ない。」


どの口がそんな綺麗事を言っているんだ。


「関係ないのに……巻き込んだ。元の世界でのサクラの人生を奪ってしまった。だから……この世界では……綺麗なものだけを見て生きていってほしい」


これは私のエゴだ。散々犠牲を産んだくせに。たくさんの人の人生を奪ったくせに。今回だけは助けたいだなんて……とても醜いエゴ。


私は天国には行けない。楽な死に方も出来ないだろう。


でもやっぱり…関係ない。


サクラには……生きていてほしい。


「彼は、サクラ……と言うんですね」


アイルの声が、先程よりも低くなる。


「アイルはさ」


「え?」


アイルは驚きの声を上げた。


その理由は、私が先程までとは違い、明るい声を出したからだろう。


「異世界に行ってみたいと思う?私はちょっと無理かな〜魔法が使えないなんて不便そう。」


アイルは黙って聞いている。


「でもさ…魔物は居ないんだって。」


これは…今までに異世界にほんの人から聞いた話。


「小さな争いはあるけど、それでも平和で。魔法なんか無くても、みんなで協力しあって生活してるんだって」


名前も知らない彼らの……故郷の話。


「……素敵だって、思わない?」


もしも、私とアイルが異世界で生まれていたのなら………いいや、辞めよう。それはきっとありえないことだから、幸せな夢なのだから。


「アイルはさ……あんまり異世界の人と話をしなかったよね?どうして?」


アイルに質問を投げかける。


「どうしてって……必要が無いからです。」


……少し、意地悪だったかな?と思う。


なぜアイルがサクラや、他の勇者と話をしなかったのか。


私はその答えを知っている。


「嘘…だよね?必要が無かったからじゃないよね?」


「嘘なんかついていません。私はただの使用人です。何を話すことがあるんですか」


「ううん、私にはわかるよ。だって私達は、双……なんだから」


私は、アイルに向かって歩き始めた。


「止まってください。」


アイルの静止が聞こえる。でも、構うもんか


「一人じゃ寂しいから双子に産まれたの」


「止まって……ください」


それでも、歩き続ける。


「だから……二人でいるときは笑顔でいるって約束したよね?」


「止まって………ください………」


「でもさ、世界も私達も変わってしまったんだ。少しくらい……泣いたっていいんだよ?」


「お願い………止まって………っ!」


遂に、手を伸ばせば届く距離にまで辿り着く。


そして、折れてしまわない様に、壊れてしまわないように。


優しく、優しい妹を抱きしめる。


不思議なことに、この妹は、抵抗しなかった。


「ごめんねアイル。私が弱いから、アイルは非情で居てくれたんだよね。世界の為に自分を殺してくれたんだよね」


「何を言って………」


「本当はサクラとも仲良くしたかったんだよね」


「お姉様………違う………私は、そんな………」


「ねぇ、アイル。」


アイルを抱く腕に、少しだけ。ほんの少しだけ力を込める。


「どうして、サクラとお話ししなかったの?」


先ほどと同じ質問をする。今なら素直な気持ちを教えてくれるのでは無いか。


「だから……必要がないから……」


─まだ駄目だ。この妹は、世界の為という正義に雁字搦めにされている。


なら、私が解いてあげよう。他の誰かではなく、私が。


だって私は………お姉ちゃんなのだから。


世界の為という鎖を。


私の醜いエゴで断ち切ろう。


この妹が……心から笑えるように……


「必要があるとか無いとかじゃなくてさ、アイルはどうしたかったの?」


「私は………召喚士であるお姉様の使用人としてここにいるんです。私のしたい事なんて関係……ありません」


「ここには、二人っきりだよ」


「………え?」


「今は使用人じゃなくて、私の可愛くて、優しい……妹のアイルだよ」


「お姉……様」


「アイルは……どうしたかったの?」


「私は………っ!」


そして、遂に語りだした。


使用人なんかじゃない。世界なんて関係ない。アイルの……本当の気持ちを。


「もっと………もっと………お話ししたかった……っ!」


今度はアイルの方が、私を抱きしめてくる。


「世界の勇者だとか……そんなのは関係なくて……本当のあの人とお話ししたかった………っ!」


あぁ…この妹の泣き顔を見るのはいつぶりだろうか


「名前だって………彼から教えてほしかった………異世界の話もたくさん聞きたかった……っ!」


この妹が…自分の気持ちを語るのは……いつぶりだろうか


「お姉ちゃんと二人で修行してたときも……身体強化はこうやるんだよって言ってあげたかった……上手にできた時は………凄いね、頑張ったねって………」


そういえばたった一度だけ。修行をしているときにこちらを見ているアイルを見つけか事がある。


──その時のアイルはどんな気持ちだったのだろう。


二人の光景が、どれほどに眩しく、羨ましく写っていたのだろうか。


「でも……でも…………ッ!怖かった………仲良くしたら、その時が辛くなってしまうから……処分が決まってしまったときに……泣いてしまうから………」


この妹の嗚咽を、叫びを受け止める。


「そう思うと、胸が苦しくなって……どうせ最後に恨まれてしまうのなら……なんでこんな世界に呼んだんだって、言われてしまうのなら…はじめから仲良くしない方がいいって……そう思って……」


怖かった。ただ怖かったのだ。親しくなった人を失うのが。最後の瞬間に呪いの言葉を吐かれるのが。


「辛かったよね………でももう、我慢しなくてもいいよ」


妹の頭を優しく撫でる


「ごめんね、アイル。お姉ちゃんの最後のお願い、聞いてくれるかな?」


✦✦✦✦


「あと少しだ…っ!」


全力で闇の中を駆ける。アイラがアイルを止めている間に、馬車まで向かわなければいけない。


もう少し。もう少しで辿り着くはずだ……


「こんなところで、何をしているのかな?」


暗闇の中から声をかけられ、思わず足を止める。


出てきたのは……一人の青年だった。


腰に剣を携えた青年。その顔も、髪も特徴的ではなかったが……ひと目でわかってしまった。


(こいつ……日本人だ!)

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