第12話

「姉妹喧嘩と行きましょうか!」


アイラが、妹に向かって叫ぶ。


その手の中には確かな熱量を持った炎の球体。


ってあれ?炎がどんどん大きくなっていくよ?


隣に立っているだけで熱い。相当な熱量だ。


それをアイルに向けて投げつけたりするの?やばくない?怪我じゃすまないよ?


怖くなってアイラの方を見る。


その表情は……いたずらを思いついた子供のような、無邪気な笑顔だった。


………本当に、いろいろな顔を見せてくれる。


「いっくよー!アイル!!!」


アイラが手を後ろに回す。本当に投げつけるつもりだ。


「アイル!逃げ………え?」


叫ぼうとしたが、驚きの声が漏れてしまった。


アイルが、ぼーっと突っ立っていたのが原因だ。


俺は別に、武術の心得があったりするわけではない。


だが…アイルの姿勢は明らかに、これから攻撃される人間のものではなかった。


普通なら身構えたりするものじゃないのか?


だがアイルはいつも通り、手を前で組んで、ただ立っているだけだった。


そして、その表情も。いつものように無表情。


避けたり、受け止めたりする意思が感じられない。


この程度の攻撃では、怪我一つしないということだろうか。


「せい………ヤッ!」


アイラが身体を捻らせ、思いっきり魔法を投げつける。


炎の塊は……アイルに向かって真っ直ぐに……


いや、違う。


アイラはアイルを狙ってなんかいない。


アイラが狙ったのは……

屋敷の廊下と外を隔てる壁だ。


─アイルは……この姉が、自分を攻撃するわけがないと分かっていたのだ


なんと美しい姉妹愛だろう。


「って…っ!痛っ!」


炎の塊が壁に直撃する。


壁の破片が飛び散る。痛い、痛いです。


そして…破片が飛び散ったあとには、ちょうど人ひとりが通れるくらいの穴が空いていた。


「サクラ!行って!!!」 


アイラが叫ぶ。


「流石に…っ!」


アイルも叫び、そこでようやく、片足を引き、俺を捉える準備に入る。


「させないよ!」


すかさずアイラが動いた。俺とアイルの間に入り、アイルを止める準備をする。


「行ってったら!早く!」


再度のアイラの声を聞いて……俺は駆け出した。


逃げるんじゃない。旅に出るんだ。


アイラに最後の別れを告げることも、顔を見る事もしなかった。


その声を聞けば。顔を見れば。


きっと……また別れたくないと思ってしまうから


俺は俯いたまま走った。


「サクラ!」


後ろから、アイラの声が聞こえる。


最後の言葉には似つかわしくない。場違いなほど明るい声。


あぁきっと今。アイラは…


「良い旅を!!!」


俺が、一番好きな表情を作っているのだろう


振り向き、返事をしたかった。


だがそれは出来ない。


振り返れば、返事をすれば…きっとまた


泣いてしまうから。


そんなのはだめだ。彼女は笑顔で見送ってくれたのだから。


顔を上げ、前を向けよ。


男なんだから、泣いちゃ駄目だろ。


だから……俺は………


振り返る代わりに。


返事をする代わりに。


その右手を、高く高く。天へと突き上げた。

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