第11話
二人目の襲撃者は……アイルだった。
この世界における俺のすべてであるアイラ。そのアイラと同じ顔をした少女が立ちはだかる。
だが、心は不思議と落ち着いていた。
アイルの襲撃が、事前に予想できたのもその要因の一つだろう。
そして…
先のリープの襲撃のおかげだ。
無意識のうちに怪我をしている肩に触れる。
あの鮮烈な痛みが……俺にこの世界は敵だらけだと教えてくれた。
だから今は冷静でいられる。自分の味方はアイラだけだ。それ以外の誰が敵だって驚きはしない。
しかし…そのアイラは違うだろう。
アイルとアイラは双子。アイラにとって、俺よりも大切な存在であるはずだ。
血を分けた姉妹が。
苦楽を共にした家族が。
並んで立つべき二人が。
今は向かいあって立っているのだ。
他でもない……俺のせいで。
それがとても悲しいことに思えた。
家族とは……世界で唯一、無償の愛を与えあえる存在なのに。
……そのはずなのに。
ふと、アイラの顔を見る。悲しい顔をしていなければいいが……
「……え?」
アイラの顔を見た瞬間。思わず驚きの声を上げてしまった。
それほどまでに、アイラの表情は意外なものであった。
実の妹と対峙している悲しみでも。焦りでもなく
その表情は……
笑顔だった。
今の状況に、あまりにも不釣り合いな表情。
その笑顔は、皮肉めいたものや、嘲笑ではなく。
まるで……
そう、まるで……
子供の成長を喜ぶ母親のような、慈愛に満ちた笑顔だ。
「なんで笑っているんですか?」
アイルも、アイラの笑顔に気がついて、少し不機嫌そうに問いかける。
「ごめんね、ちょっと嬉しくて」
アイルの不機嫌そうな声をきいても、アイラは笑ったままだった。
「何が、嬉しいんですか」
「アイルも、リープも。やっぱり優しいんだなって思ってさ」
…アイル、リープが優しい?
優しいと言うことに異議はないのだが…
今、自分たちは襲われている立場。
この状況で優しいと言うのは違うのではないか?
「優しい?私は貴方たちを捕まえに来たんですよ?そして…捕まったら、その人は殺されてしまいます」
アイルも俺と同じことを考えたのだろう。
「んーん、やっぱり二人は優しいよ」
アイルにはっきりと、捕まえに来たと言われたのに、アイラは尚、優しいと言い切った。
そして……話し始める。
何故優しいと感じたのか、その理由を。
「だって……殺せてたでしょ?」
…え?殺せた?
俺の動揺を他所に、アイラは続ける。
「この人の肩。リープの鎖で貫かれたの。でも、生きてる。
桜ではなくこの人といったのは、アイルが俺の本名を知らないためだ。
「アイルならわかるよね?リープの加護なら……鎖が刺さって時点で、本当なら殺せてた」
え?まじで??なんで殺されなかったの?
もしかして、俺に情が沸いた?もしそうであれば少し嬉しい。
だが……
「リープが加護を使わなかったのは…多分、隣に私がいたから。あの子の加護はちょっ〜と激しいからね」
僕に情が沸いたわけではありませんでした。
それでも僕は構いません。リープはアイラにひどいことを言っていたけど、嫌っていないということがわかった。
それだけでも嬉しい。
「それにアイルだって…。アイルが暗闇に紛れ、急に襲ってきたら、私達じゃ対応出来ない」
……その通りだ。たしか、アイルから声をかけてきた気がする。
俺を殺すことだけが目的なら、声をかける必要なんてないはずだ。
「それは……お姉様の希望的観測です。私も、おそらくリープも。たしかな敵意を持ってお姉様方の前に立っています」
「そんな優しいアイルに、一つだけお願いしていいかな?」
「……なんですか?」
「ちよっとだけ、この人と二人でお話しさせてくれないかな?」
アイラ……それは流石に無理だろ。
いくらアイルがお姉ちゃん大好きの優しい子だったとしても、お願いを聞く理由がない。
アイルは俺を捕えに来た。それがたった一つの真実。
二人での会話を許したら、逃げる作戦だって立てられる。
つまり…アイルが許すわけがない。
「構いません」
……馬鹿なのこの子?
「ありがとう。アイルなら許してくれると思ってたよ」
俺?俺がおかしいの?
「サクラ」
アイラが振り返り、俺の名前を呼ぶ。呼んでくれる。
いつになく真剣な表情だ。
「私が隙を作るから、サクラはその間に逃げて」
「サクラは……ってアイラはどうするんだよ」
「いくらアイルでも、見逃してはくれないよ。だから……私が止める。その間に一人で逃げて」
一人で逃げる?女の子を残して?
アイルの事だ。アイラが怪我をするような事はしないだろう。
だが…アイラを残して一人で行くというのは……男としてのプライド的なサムシングもある。
「そんな、アイラ一人を残してだなんて…」
「じゃあ、あの子どうするの?」
アイラにまっすぐ見つめられる。
それだけで、何も言えなくなってしまった。
アイラの目が力強かったのも一つ。
そして……実際俺にはアイルをどうする事も出来ないから、何も言えなくなってしまった。
身長や体格をみても、間違いなく俺の方が強そうだ。というか相手は可愛らしい女の子だし。
しかし、この世界において…外見で判断するのは、とても愚かな行為なのだろう。
魔法も身体強化も使えない俺。
相手は魔力を使うのが当たり前の世界で暮らしてきたアイル。
力の差は明白だ。
「サクラ」
また、アイラが名前を呼んでくれる。
とても優しい顔と声。
「大丈夫。知らない世界で独りぼっちになんかしない。だから……少しだけ我慢してて」
「アイラ…俺は……」
─アイラと一緒に居たい─
必要と言ってくれた君と、名前を呼んでくれる君と。
女の子を残して逃げるのが嫌?
違う。
女の子に守られるなんて男のプライドが?
違うだろ。
俺は……ただ、アイラと一緒に居たいだけなんだ……
だが…そんな言葉は。
恥ずかしくて、口から出てくれなかった。
俺が黙っていると……
「ちょっと」
こっちこっち、とでも言うようにアイラが手招きをした。
もう少し近付いてということだろう。
アイラの言う通りに顔を近づけると。
「なっ!?」
アイラは自分の首に掛かっていた、美しい赤色のペンダントを外して……
俺の首に掛けた。
正面から首の後ろに手を回してペンダントをかけているわけだから。近い。とても。
あとほんの少しで唇が触れてしまうような距離だった。
自分の頬が真っ赤になっているのがわかる。顔がとても熱い。
「うん!これでよしと……サクラ?どうかしたの?」
「な、なんでもない!」
アイラがいい匂いすぎてテンション上がってましたなんて言えるわけがない。
というか、アイラとこんなに密着して大丈夫?
主に向こうでこっちを見ているはずのアイルさん。
大丈夫ですか?まだ僕は許されますか?
「このペンダントを馬車に見せて、行き先も言ってあるから」
綺麗な赤色のペンダント。アイラがそれを、身に着けていない日を見たことはない。
大切なものである事は明白だった。
「その後は…売っちゃってもいいから。結構高いんだよ〜それ」
アイラが笑っている。俺が一番好きな顔だ。
それよりも…売っていい?このあと合流するのなら、そこで返せばいいだけじゃないのか?
「お姉様。そろそろ」
向こうにいるアイルが声を掛けてくる。流石にこれ以上は待ってもらえ……
「ごっめーん!もう少しだけー!」
「わかりました。」
俺も一つわかったことがある。この妹は姉の頼みを聞いてしまう病だ。
「サクラ」
アイラがこちらに向き直り。名前を呼んでくれる。
そして……
「なっ!?」
俺の口から間抜けな声が出るほど、意外な行動に出た。
アイラが自分のおでこを、俺のおでこに、ピッタリとくっつけたのだ。
先程ネックレスを掛けてもらったときよりも、さらに近くに、その美しい顔がある。
「一つだけお願いがあるの」
俺と違って、まったくドキドキしていないのだろう。とても落ち着いた声音。
「これから先、色んな事があると思う。悲しい思いも、寂しい思いも、悔しい思いもすると思う。」
アイラは目を瞑っている。
「そんな思いをしていく中で……もしかしたら自分のことを嫌いになっちゃうかも知れない」
アイラは目を瞑ったまま……祈るように言葉を紡いでいく。
「勇者としての才能がなかった自分を…そして自分の運命を。憎んでしまうかもしれない」
その声で。その表情で。嫌でも理解してしまう。
「でも…どうか自分を…嫌いにならないで」
アイラは……
「私以外にも、きっと誰かがいる。勇者じゃない。ありのままのサクラを必要とする人が」
ここでお別れするつもりなのだと。
「そんな人に出会うまでは…。自分で自分を嫌いにならないで。」
嫌だ……ずっと一緒に居たい。
「それでもね。本当に辛くて、何かに負けてしまいそうで……」
この人となら、愛を知れる気がするんだ…。
「何かを憎まなきゃ、自分が潰れてしまいそうなときは」
アイラが…ゆっくりと目を開ける。
「ーーー私を……憎んで。恨みも、憎みも、悲しみも。……全部私に向けて」
そんな……
「貴方をこの世界に呼んだ私を許さないで。過酷な運命を強いた私を憎んで」
そんな事……
「私だけを嫌いになれば…きっとサクラは嫌な物を見ずに、この世界で立派に歩いて……」
「そんな事……っ!できる訳ないじゃないか……っ!」
え?とアイラが驚いた声をあげる。
それは、急に大きな声を出したからなのか、それとも……
俺が泣いていたからなのだろうか。
「アイラは……アイラだけは……嫌いになれるわけないじゃないか……っ!」
涙が溢れてくる。女の子の前で泣くなんて恥じらいは、今は考えられない。
「君は本物だ…君だけなんだよ…俺を必要と言ってくれたのは…」
なんで……涙があふれているのか、わからない。
俺はこんなにも愛を望んでいるのに、自分から嫌いになってと言っているアイラに思うところがあったのか。
それともやはり、この少女と離れたくないだけなのか。
「他のすべてを嫌いになっても……君だけは嫌いになれないんだ……っ!だから……側にいてくれよ……一人で逃げるなんて、嫌だ………。」
顔はもうぐちゃぐちゃだ。鼻水だって出ている。なんとみっともないことだろう。
そんな俺を見て、アイラは本日三度目の驚くべき行動に出た。
「顔を上げて。前を向いて。男の子なんだからさ、泣いちゃだめだよ。」
俺の体を優しく抱きしめてくれた。
涙だって、鼻水だってつくかもしれないのに。
「サクラは…殺されない為に逃げるんじゃないよ。サクラをサクラと言ってくれる人に出会う為の……旅に出るんだ。」
鈴の音のように凛とした声。
俺がここで駄々をこねたところで何も変わらないのを理解させられる。
それほどにまっすぐに、芯の通った声。
ならば…そうしよう。アイラの言う通りに。
服の袖で涙をぬぐう。
不安はたくさんある。
顔を上げ、アイラを見つめる。
その顔をみると…やはり一緒にいたいと思ってしまう。
油断すると、また涙が溢れてしまいそうだ。
でも…それはだめだ。
悲しい顔をしてはいけない。
俺が一番好きなアイラの顔は笑顔だ。
だから……
──俺も笑顔でいよう──
「わかった、俺はここから旅にでる。」
「……うん」
「でも、やっぱりアイラのお願いは聞けない。」
「……え?」
「アイラを嫌ったり…憎んだりは出来ない。だって俺は…アイラのことが大好きだから」
……もちろん、友人としてね
「な……っ!何をいってりゅの!?」
それまで落ち着いていたアイラが急に取り乱す。
「そ…そんなこと急に言われても……」
顔が赤くなっていて…もじもじしている。
え?大好きって日常会話で使うよね?
というか……ついつい、話し込んだせいで忘れていたが
「アイラ……アイルの事忘れてない?」
アイラが、はっ!っとする。
「もちろん忘れてなんか無いよ!?」
えぇ〜ホントにござるかぁ〜?
「アイルー!ごめんねまたせちゃってー!」
アイラがアイルに手を振る。
「……少しだって言ったのに」
アイルが何かを小声で言ったようだが…こちらまでは聞こえてない。
「それじゃあ……」
アイラが右手を前に突き出す。
すると……その手の中に炎が生まれた。
この世界の住民が操る異能の力……魔法だ。
アイラはいとも容易く、魔力を炎に変換させてみせた。
「久しぶりの姉妹喧嘩と行きましょうか!」
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