第9話
「ねえ。おかあさん!」
幼い少女が二人。母親であろう女性に問いかける。
美しい金色の髪に碧の瞳をした少女。その二人の顔、髪型はうり二つである。
「どうしたの?」
お母さんと呼ばれた女性が優しく微笑む。
「なんでアタシとアイルはおなじ『かお』をしているのー?」
少女の片方が質問をする。
「それは、貴方達が双子だからよ」
「ふたご?」
今度はもう片方の少女が首を傾げる。
「そう、双子よ」
「なんでふたごなの?」
それはね…と一呼吸おいて…
「一人じゃ寂しいから双子に生まれたのよ。アイラも、アイルも。二人でいれば寂しくないでしょ?」
二人の少女……アイラとアイルは少しだけ顔を見合わせて
「「うん!」」
年相応に、可愛らしく頷く。
「でも、これだけは約束して。」
なにー?と二人が首を傾げる
「貴方達は鏡なの。どちらかが悲しい顔をしていたら、もう片方も悲しい顔をしてしまう。」
二人はまた、「んー?」と首を傾げる。
よく意味がわからなかったようだ。
「だから、約束。二人でいる時は──ずっと……笑顔でいてね」
─それならば簡単だ。なんせ、二人は仲良し。どこに行くにも一緒。
約束するまでもなく、二人でいれば自然と笑顔になれる、そんな姉妹。
だから元気よく答えるのだ。
──とびきりの笑顔で──
「「わかった!!約束!!」」
✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦
「ごめんね、私の治癒魔法じゃこれが限界」
「全然大丈夫。血も止まったし、痛みも引いたよ」
アイラはリープを気絶させたあと、俺の左肩に刺さった鎖を抜いて(めちゃんこ痛かった)から魔法で傷を癒やしてくれた。
「よし!」と言ってアイラが立ち上がる。
「そろそろ行こうか」
と、手を差し伸べてくる。
先ほど、ここから逃げると決めた時と同じ状況。
あの時は迷いなく握った彼女の手を……今度は握れなかった。
「どうしたの?」
アイラが不思議そうにこちらをみる。
「なぁアイラ。俺って死んだほうがいいのかな」
口をついて出たのはそんな言葉。
死。日本では誰もが使ったことある言葉だろう。喧嘩したときに、あるいは冗談で友人に。
でも、今のはそんなのとは違う。本気で…そう思ってしまった。
「ちょっと…どうしたの急に。ここから逃げるんでしょ?」
そう。ここから逃げると決めた。アイラの願いだからと。アイラの為に生きようと決めた。
それほどまでにアイラは輝いていて…眩しくて………他の事が見えなかった。
アイラの願いと…天秤にかけられているのは世界なのだ。
「リープは言ってたよな、世界のためだって。アイラに聞いて理解はしていたつもりなんだ。命を狙われてるって。でも…」
アイラは真剣な顔で聞いてくれている。
「向けられた殺意は…思ってたよりも冷たくてさ…でもその殺意は、私怨とかじゃなくて、この世界のためっていう正義で。役に立たない俺なんかが死んで、他に優秀な勇者が呼ばれるってんならそれは……素晴らしいことなんじゃないのか?」
漫画や小説。ゲームなんかでもよくある話だ。
世界を救うためにはヒロインが死なねばならないとか…そんなのはよくある設定で、もはや古いとさえ思ってしまう。
そんな物語の主人公は言うのだ。
「君を含めて世界だろ!」
「一人を救えないやつに世界が救えるか!」
「君も世界もどっちも救ってみせる!」
と。
とてもかっこよくて男らしい。そして……
無責任だ。
力があればいろんな選択肢があるだろ。
なら、力がなければ?
世界と天秤にかけられたのが、救いたい大切な人だったらそう言う事も言えるだろう。
でも、それが自分だったら?
誰にも……家族にすら愛され無かった俺の命が世界の為になるというのなら。それはきっと……素敵な事だ。
「死ぬのも、痛いのも嫌だ。でもそれが仕方の無いことなのなら、この世界のためになるのなら…………………アイラ?」
顔を上げると、アイラが涙を流していた。
死んだほうが世界のためになる。そんな俺なんかのために。涙を。
「君の……っ!サクラの世界じゃ無いじゃないっ!」
アイラの瞳に見つめられる。
「だって可笑しいよそんなのっ…!なんでそんな簡単に、死ぬ事が素晴らしいなんて言えるのっ!?死んじゃったら全部終わっちゃうんだよ!?」
「じゃあどうすればいいんだよ……っ!」
思わず叫んでしまう。
あまり大声を出せば人がやってくる。そもそもリープが起きてしまうかも知れない。
だが…そんな事を考えられないほどに、頭は熱くなっていた。
「リープは言った…っ!本物の時間なんて無かったって!俺が勇者になれなかったから!!」
この黒い感情を。どうしようもないやるせなさを。アイラにぶつける。
ぶつけてしまう。
「この世界には勇者が必要なんだろう!?俺は必要じゃないんだろ!?そんな俺が唯一必要とされること……それが死ぬことなら…もうそれで…いいじゃないか………っ」
「…………っ!!」
バチン!!!!
長い長い廊下にそんな音が響く。
「え?」
一瞬の沈黙。何が起きたのかすぐに理解できなかったが、ジンジンと痛む頬によって理解する。
アイラにビンタされた。
アイラは変わらず涙を流しているが、どこか怒ったような……いや…?悲しい表情?
「必要じゃ無いなんて……そんなこと言わないで…」
頬をぶたれたせいか。いつの間にか熱くなっていた頭は冷静に……と言うよりも驚いていた。アイラが人をぶつだなんて。
「……世界がサクラの死を必要としてるから。だから死ぬって言うのなら」
アイラが口にする。
俺が。
双葉桜が。
何よりも。
聞きたかったであろうその言葉を
「……私が必要とするから生きて」
トクン…と胸が高鳴る。
元の世界でも、この世界でも。
その言葉を、その言葉だけを望んでいたのかも知れない。
誰かに見られることを、必要とされることを。
「世界のために死ぬと言うのなら。私のために生きて」
この言葉だけを聞けば、なんと強情な事を言っているのかと思われるだろう。
アイラ一人の願いと世界の意志が釣り合うわけがない。
馬鹿馬鹿しい。
実に馬鹿だ。
だがとても……嬉しい。
「私の為に生きて。そして、私にも誰かが救えるんだって、サクラが教えて欲しい」
「俺が必要なのか…?」
喉から出た声は……震えていた。
瞳も潤んでいる。
ダサい、恥ずかしい。
女性の前で泣くなんて。
でも、涙は止まらない。止まってくれない。
「うん。私にはサクラが必要」
「俺じゃなきゃだめなのか…?」
「うん。君じゃなきゃダメみたい」
やっぱりこの人は………光だ。
「サクラ」
アイラが手を差し伸べてくる。
「もう一度言うね」
「………うん……うん……」
「そろそろ行こうか」
一度掴んだ手。
そして………次は握れなかった手。
この世界の悪意に触れ。
リープの、世界の為という意思に負けて掴めなかった手。
この世界にとって俺は間違いなく邪魔な存在だ。
どうやら俺は、死んだ方が世界のためになるらしい。
世界を敵に回す。その覚悟が、やはりまだ出来ていなかった。
だからリープの正義に怯んだ。
でも…もう大丈夫。
アイラのいった通り。
俺の世界じゃない。
俺の世界は──アイラだ。
だからもう迷わない。迷いはしない。
また俺は……アイラの手を力強く握った。
今度はもう。離さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます