第8話
アイラと二人。薄暗い廊下を走る。
電気はつけておらず、窓から入ってくる月明かりだけを頼りに進んだ。
目指すのは城の出口。アイラが用意してくれたと言う馬車だ。
「サクラ!もっと急いで!」
「これでも……急いでんの!」
お前本当に女かよ!と言うくらいアイラの足が早く、追いつくのがやっと。
こちらはすでに荒い呼吸を繰り返していると言うのに、アイラは至っていつも通りだ。
もちろん、俺が極端に足が遅いとか、体力がないと言ったわけではない。
……正直、高校に入ってからずっと帰宅部だったから、普通の人よりは体力ないと思うんだけど……
アイラの足が早い理由はズバリ……身体強化だろう。
自分もいま、できる限りの魔力を体に留めて走っているのだが…それでもやはりアイラよりも遅い。距離が開くとアイラがゆっくり走ってくれている。
……この世界の人は日常的に魔力を行使しているのだろうか。だとしたら、それが出来ない俺は……ここから逃げ出せたとしても、その先やってけるのだろうか。
と、そんな事を考えてしまう。
いやいや、余計なことは考えるな。とりあえず今は、ここから逃げることだけを………
「サクラ!避けて!!」
「えっ…?」
先を走っていたアイラの横を『何か』が通り抜ける。
それはまさしく目にも止まらぬ速さで……
俺の左肩に突き"刺さった"
「ぐっ………」
何だ……これ?
痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
左肩を見てみると……そこには鎖が突き刺さっていた。
先端が鋭利に尖っている鎖が左肩を貫通している。
「サクラっ!!!」
アイラが駆け寄ってくるが…それどころじゃない。
血だ。血が出ている。こんなにたくさん。……嘘、これ全部俺の血?
痛い、あつい。呼吸が早くなる。
攻撃された?俺が?なんで?
なんで?──違う。そうだ、俺は……
(命を…狙われているんだ……っ)
先ほどアイラに聞いた。自分はこのままでは殺されてしまう、と。
信じて、理解した。だがまだ…実感していなかった。
(殺される?本当に?…嫌だ……怖い……)
「サクラ!しっかりして!」
「はっ……!」
アイラの声で正気に戻される。そうだ。ここには……
この鎖の先には……俺を攻撃した゛敵゛がいる──
突き刺さったいる鎖を見る。その先には…
暗闇の中に、黄色い小さな2つの光があった。
光の高さは丁度人間の目の高さくらい。その光には見覚えがある。あれはまるで……そう。夜に光る猫の目のような…
「こ〜んな時間に男女でお出かけとは、関心しないのニャ〜」
声が聞こえる。場違いな程に明るい声。
その声は……
「リー……プ?」
声の主が少しだけこちらに歩み寄る。月明かりに照らされたその少女は…リープ・リッヒであった。
リープの左手には、俺の肩に突き刺さっている鎖の反対側が握られている。
「なんで…こんなこと……」
「はぁ?なんでって、そこの召喚士様から説明されたんじゃないの?」
リープの特徴的な語尾が消える
その表情も、声音も。初めて見るものだった。
「あんたは才能がない。だから処分する。以上」
リープが説明する。
とても簡単に。馬鹿にモノを教える口調で。
「……どいてリープ。この人は殺させないよ」
アイラが一歩前に出る。
「殺すよ?それが世界の為だから」
リープが持っている鎖に力を込める。
「うっ…」
肩が痛み、情けない声が出てしまった。
世界の為に殺す…か
アイラの説明によれば、俺がいることで勇者の枠を一つ潰してしまう。たしかに邪魔な存在だ。
別にリープは私利私欲で俺に攻撃したわけじゃない。世界の為だ。
彼女が俺に振りかざしている剣の名前は……『正義』。彼女は正義の名の元、俺に殺意を向けているのだ。
「それにさ、こんなことしていいのかなぁ。いくら召喚士様といってもぉ、許されることじゃないと思うよぉ?」
リープの目が怪しく光る。
「そんな事どうだっていい。今度は、今度こそは助けるって決めたんだ」
力強いアイラの声。自分は後ろに立っているので分からないが、彼女の瞳には今、決意の炎が燃えているのだろう。
「今度?……随分と都合が良いんだな。今まで散々見殺しにしておいてさぁ」
リープの口調が更に悪く、まるで男性のような話し方に変化する。普段は文字通りネコを被っていたのだろうか。
「くっ…それでも…っ!」
今まで気丈だったアイラが少し狼狽える。
リープは今アイラの心の中にある1番大きな物……罪悪感を刺激している。
俺を逃がしてくれたときに一度は覚悟をしてくれたはずだ。今までの事を罪だと認める事になっても。世界を裏切ろうと。俺を助けてくれると。
だが…いざ他人に指摘されると、その覚悟も揺らいでしまう。
「なぁ、リープ」
「……あ?」
本来であれば、アイラを庇う言葉を言うべきなのだろうか。
しかし…どうしても知りたいことが、リープに聞いて起きたいことが。
「全部、全部嘘だったのか?」
「……何が言いたい?」
リープは少し不機嫌そうだが、話は聞いてくれるみたいだ。
「俺はさ、ずっと思ってたんだよ。みんなが良くしてくれてるのは勇者ゼクスであって俺じゃ無いんだってさ」
「その通り。君がこの世界を救える人間かも知れないからみんな優しくしたんだ。住む場所も、食事も与えた…まぁ君はそんな人間にはなれなかったんだけどね」
リープが肩をすくめて見せる。
「でも、でもさ……毎日一緒にご飯食べてさ…リープがいたずらでベッドに入ってきたりして、二人でアイルに怒られたりしてさ……結構楽しかったんだよここでの毎日が…。」
俺を殺すというリープの選択はこの世界にとっての善で、逃がそうとしているアイラが悪。
そのことでリープを責めたり、命乞いをする気はない。
しかし、ここで彼女に殺されるとしても…あの日々が…楽しかったあの日々が…本物であったか知っておきたいと…そう思った。
「リープにとって…俺と過ごした数日間は楽しかったか?少しでもいい……本物の時間はなかったのか?」
「そんな時間は無いよ」
バッサリとリープが切り捨てる。
その答えはとても………残酷だった。
痛かった。貫かれた肩よりも。この少女の言葉が……
鋭利な刃物が心に突き刺さる。リープの今の言葉で、全て消えてしまった。
元の世界にも、この世界にも。居場所なんて無い俺は……
一体俺は……何なんだ……
「君が本当の勇者なら本物の時間になったんだろうけど、君は偽物だった。なら、紡いできた時間だって偽物だ」
「もっとも…」とリープは続ける。
「そこにいる召喚士は違ったみたいだけどね」
リープはアイラの方を見る。
「毎回毎回、平凡な勇者に肩入れしてさ。処分が決まっても、なにも殺すことは〜とか、これから才能が目覚めるかも〜とか。甘ちゃんな事ばっかり言っちゃって」
……辞めろ。俺のことは良いんだ。俺がこんな状況になってるのも、自分に才能が無かったから。いわば自業自得なのだ。
「処分が終わるたびに一人一人にお墓なんか作っちゃってさ」
…辞めろ。この人はこの世界で唯一の光なんだ。その人の事を悪く言うなよ。
「墓に刻む為の名前も知らないッ!!埋める身体だって私がバラバラに吹き飛ばしちゃったから無いって言うのにさぁぁぁ!!
「辞め……!」
「リープ」
俺の声は、至って冷静な声に遮られた。その声の主は……アイラだ。
リープの言葉で意気消沈してしまっているとばかり思っていたが──違う。
「あんたさ、そのキャラ。似合ってないよ」
「な…っ!どういう………」
今度はアイラの言葉にリープが狼狽える番だった。
一瞬の狼狽。言葉の意味はわからなかったが、アイラの言葉はリープに一瞬の隙を作ってみせた。
「…っ!」
刹那。その一瞬を逃すまいとしたアイラが距離を詰める。
リープは迎撃しようとする──が、遅い。
そしてなにより。迎撃するための武器は、今もなお俺の左肩に刺さっていて自由に動かすことは出来ない。
「少しだけ、眠ってて」
リープの正面まで来たアイラがその首筋に触れると……リープは短い悲鳴をあげて、横たわった。
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