第7話

「君、このままでは殺されてしまうの」


部屋を訪ねてきた少女は告げる。


アイラとは短い付き合いだか、それでも彼女があまり嘘や冗談を言わない性格だと言うことは何となくわかっていた。


だが、俺の返しは…


「は?」


何言ってんだ、こいつ。


心からそう思った。


「兵士やアイルたちは全員眠らせた。すぐにここから逃げて」


アイラは尚も真剣な表情を崩さない。


とても冗談を言っているとは思えない声音。


…だからこそ問いかける。


「殺されるって誰にだよ」


「私達に。だよ」


アイラの答えは俺の頭にさらにハテナを生んだ。


アイラたちが俺を殺す?ますます意味が分からない。


そもそもこの世界に俺を呼んだのはアイラたちのはずだ。そんな事をしてどうなる。


「どうして?」


「サクラに…才能が無かったから……」


アイラは言いたくなかったけど…という様子で俯く。


…俺に才能が無い。そんな事はこの数日間で嫌と言うほどに自覚しているし、今更そんな事実で落ち込んだりはしない。


それに…才能なんて無くたって、アイラは俺を…双葉桜の事を見てくれるというのだ。


しかし…俺に才能が無いのと、俺を殺す事はどうやってもイコールにならない筈だ。


「才能が無いからって殺される意味が解らないんだけど…」


アイラはまたもバツが悪そうに話しだした。


「"枠"が足りないんだ」


「枠?」


アイラは「うん」と頷いてから続ける。


「この世界に生活できる異世界の人の数は限られているの」


「限られてるって…なんで?」


「ここと異世界はやっぱり違う世界だから、本当は異世界にの人はここで生きていく事が出来ないんだ」


「は?じゃあ今俺はどうやって…」


当然の疑問。今こうして俺は生きている。


「それは…私の力。召喚の加護には、異世界にいる誰かを召喚する力と、召喚した人をこの世界に適応させる力が有るんだ。不思議じゃなかった?最初から普通に話せたし、字も読めたと思うんだけど…」


そう言われて見ればそうだ。違う世界。違う文明。


そんな中で普通に会話出来ていたこと自体に疑問を持つべきだったのかも知れない。


「もし私が死んじゃったら、今の勇者たちも全員死んでしまうの。」  


この命は気が付かないうちに、アイラに守られていたというのか。


「私がこの世界で生かしてあげられるのは……6人が限界。そして、貴方は丁度6人目。だから……だから才能のない勇者は処分して、才能のある勇者が現れるまで召喚をする。これが王様達が決めたルールなの」


……ここまで説明されてやっと、真実ではないのか?という疑問が出てきた。筋は通っている気がしないでもない。


「だからって殺すって…元の世界に帰すとか…」


──瞬間。稲妻に撃たれたかのような衝撃が全身を駆け巡る。


今日の昼間。アイラ、アイルと別れた後の事だ。


自室へと向かう途中。庭の端に見つけたもの。


明らかに誰かが作ったものが置いてあった。


それは……十字架


あれじゃ…あれじゃあまるで………


゛お墓みたいじゃないか゛


「何人だ……?」


「え?」


アイラが驚いてる。それも仕方ないだろう。


そんなつもりは無かったが、自分の口からでは声は…


「今まで何人の人を……"殺した"?」


驚くほどに低かった。とてつもない怒気を孕んでいた。


あそこにあった十字架の数は1つや2つでは無かった。


もしも…アイラが言ったことが本当で


もしも…俺の予想が当たっていて。あの十字架の下には、俺のように才能がなかった勇者たちの亡骸があったとするのなら…


この世界はどれほどの罪を犯しているのだろうか。


「沢山……殺したよ」


「……っ」


アイラは答える。


「世界のためだからって殺した。それが正しいんだって言われたから殺した。目をつむって、耳を塞いで、私達は間違ってないんだって言い聞かせて……殺した。」


自分で聞いたくせに、聞きたく無かった。


アイラのそのきれいな声で。


この世界で唯一自分の名前を呼んでくれる人の言葉で……"殺した"なんてことは聞きたく無かった。


直接手を下したのはアイラでは無いのかもしれない。


だが…見殺しにした事実は変わらない。


「でも…でも、もう…嫌なんだ。」


アイラがこちらを真っ直ぐに見つめてくる。


「今度は助けたい。君だけは逃がしてあげるだなんて、そんな事はおかしいって、自分だって分かってる」


その視線には……確かな決意が宿っていた。


「血で汚れてしまった手で、誰かを救いたいだなんて都合がいい事だって分かってる。でも…それでも…もう私のせいで、私達の世界の事情で誰かを見殺しにするなんてできない。サクラに…生きていて欲しい」


なんて…真っ直ぐな目をしているんだろうか。


ここで俺を逃がすということは…罪を認めるということだ。


今までしてきた事は間違っていたと…そういう事だ。


それに加えてこの世界までも裏切ることになる。


確かにアイラが言ったとおり、都合がいい。今まで散々見殺しにしておいて今度は助けるだなんて


でも彼女は……


俺の為に……


双葉桜のために……


どれだけの覚悟を持ってここに来てくれたのだろうか。


今まで見捨てて来た命に恨まれようと、呪われようと。


この世界を裏切ろうと。


──俺を助けたいと…そう思ってくれたのだ。


やべぇ、マジで泣きそう。


「わかったよアイラ。俺をここから…逃がしてくれ」


この少女の為に、今は生きよう。


世界の滅亡なんて知ったことか。


この世界で初めてあった人。初めて名前を読んでくれた人。


──その人の為に──


゛生きよう゛


「うん。サクラは死なせない。出口に馬車を用意してあるから、すぐに向かおう」


アイラが立ち上がり俺に手を差し伸べる。


……数日前に突然始まった異世界生活。


異世界に期待し、自分の能力に夢を抱き。


自分の才能の無さに悲しみ。勇者になれないかもと恐怖した異世界生活。


だが…そんなものはどうでもいい。


特殊能力も、勇者も、どうだっていい。


この手を掴めば始まるのだ。俺の本当の。


゛異世界生活゛が。


そして俺は、アイラの手を力強く握った。

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