第6話
「きたぁぁぁぁぁぁぁ!」
アイラの訪問から数日。俺は広い庭の中心で、右拳を空に掲げて叫んでいた。
理由は単純。できたのだ、身体強化が。
………と言っても本当に微々たるもの。雀の涙程度だ。
いつもよりほんの少しだけ速く走れたり、重たいものを持てたり…その程度。
だが…だがそれでも……とても嬉しかった。
「やったね!すごい!」
数日間ずっと練習に付き合ってくれていたアイラが手を叩いて喜んでくれる。
この世界で唯一。勇者でなく……俺を見てくれる人。そんなアイラに褒められる。それだけで頑張れる。
「ありがとう。今はほんのちょっとだけどさいつか、すげー力を出して見せるから」
「期待して待ってるね」
アイラはそう言って、笑顔を向けてくれる。
世界のためとか、勇者になるためなどでは無く…この笑顔のために頑張りたいと。そう思わせる力がそれにはあった。
「お姉様。またここにいらしたんです。」
後ろからそんな声が聞こえてきた。振り向くとそこには──アイルがいた。
普段練習している時には姿を見せないアイル……一体どうしたというのだろうか。
「アイル?どうしたの?」
アイラはアイルのもとに駆け寄り。
隣に並んだ二人を見る。本当に髪の長さ以外は全く同じ容姿だ。
「お姉様。査定が終わったそうです。今回も……"処分"が決まりました」
アイルは姉妹での会話と思えないほど無感情に言葉を紡いだ。
─査定?処分?一体なんの話をしているのか分からない。
「そんな…嘘でしょ……?それに…早すぎる……」
アイルの言葉を聞いたアイラはこれまでに無いほど動揺している。会話の意味は分からないが、どうやらただ事では無いらしい。
「時間があるといっても、"あの方"達も焦っていることでしょう。」
アイルとアイラの間に流れる重たい空気。
姉妹とはこういった空気で話すものなのだろうか。
「二人ともどうしたの?大丈夫?」
重い空気を見兼ねて二人にそう声を掛けたが…
「貴方は黙っていてください」
厳しい口調でアイルに静止され、何も言えなくなってしまう。
アイルが俺に厳しいのはいつもの事だが、口調というか視線というか、いつもよりキツめなきがする。
「………またなの?また………。ううん、でも今度こそはちゃんと……」
「お姉様?」
アイラが何かを呟いていたが、その声は俺より近くにいたアイルにも届かなかったようだ。
「二人ともごめん。ちょっと用事が出来たからアタシは行くね」
そう言ってアイラは早足で何処かに走り去って行った。
──アイルと二人で庭に残される。うーんちょっとだけ気まずい。
思えばこの世界に来てから、アイルと二人きりという状況は初めてなのではなかろうか。
「お姉様は…とても忙しい人なんです。」
その気まずさを破ったのはアイルだった。
「召喚士という立場もあり、あまり自分の時間は無いでしょう。その時間を貴方に割いていたんです。感謝してください」
口を開いたかと思えばこれか。なんと手厳しいことだろう。
アイルは「それと…」と続ける。
「この前お姉様が貴方の部屋から出るのを見たのですが、やましい事はしていないですよね?」
底冷えするような、とても圧を感じる声。
あれ?アイルさんの周りに黒いオーラが見えますが、それも魔法の一種なんですかね??
「す、少し話をしただけだよ」
慌てて否定する。どもってしまったせいで誤解されてなくちゃ良いけど……
「わかりました。それならいいんです」
俺の言葉ではなく、姉のことを信用していたのだろうか。簡単に許してくれた。
「お姉ちゃんの事、好きなんだな」
「……。たった一人のお姉様なので」
アイルは一瞬だけ顔を赤くしてから、淡々と答える。ちょっと可愛かったです。
「そっか」
アイルはアイラのことを"お姉様"と、様をつけて呼ぶ。話すときも敬語であるし、姉妹仲はあまり良くないものとばかり思っていたが、どうやら考えすぎていたようだ。
──俺もいつか、アイルと仲良くなれる日が来ればいいなぁ
「それでは私も失礼いたします。」
アイルも仕事に戻って行ってしまった。
「練習に戻るか。」
そう思った瞬間。
ふとトイレに行きたくなってしまった。
まだトイレの場所がわからない。遠回りになりそうだが、自分の部屋まで戻って、部屋のトイレで用をたそう。
部屋に向かってしばらく歩いていると…
「ん?」
庭の奥の方に何かを見つける。
遠目でよく分からないが、十字架を象った石のようなものが地面から生えていた。
明らかに誰かが置いたものだろう。その数は一つや2つでは無かった。
「っと」
少し気になりはしたが、今はこの尿意を解消する方が先だ。
また再び、歩き出した。
✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦✦
「「「頂きます」」」
三人で手を合わせて夜の食事に入ろうとする。
俺とアイルとリープの三人だ。
何時もならここにアイラも居るのだが今日は来ていない。昼に言っていた用事と言うのがまだ終わっていないのだろうか。
「ニャニャ?」
リープが、料理の入っているお皿を顔に近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「ちょっといいかニャ?」
そう言ってアイルと俺のお皿にも顔を近づけて……同じように匂いを嗅いだ。まるで本物の猫のようだ。
「ありがとうなのニャ」
…一体どうしたのだろうか。俺も真似して匂いを嗅いで見るが、普通に美味しそうな匂いがした。
すると………
「ぶぇくしゅ!」
リープがそれはそれは大きなくしゃみをした。──アイルの食べようとした料理に向かって。
「ちょっとリープ!何をしているんですか!?」
アイルが珍しく大きな声を出している。それはそうだろう。目視できるくらいいろんな液体が飛んだ。この料理を食べれるのは変態紳士さんくらいだ。
「うぅ〜どうやら風邪を引いているみたいニャ。今日はご飯いらないのニャ」
リープは鼻を擦りながら言った。
「はぁ…私も食欲がなくなりました。簡単な物を作って自分で食べるとします。」
アイルは部屋を出ていく。
「見ててあげるから、ゼクス様は気にせず食べてほしいのニャ」
リープはいつものようにニコニコしている。
見られていると言うのもむず痒いが、一人は寂しいのでそのまま食べることにした。
「ごちそうさまでした。」
食べ終わって手を合わせる。
それじゃあねと言ってリープと別れ部屋に戻る。
「アイラはどうしてるのかな」
食事の場に姿を表わせなかったアイラの事を思う。アイルとの会話ではただならぬ様子であったし、明日それもなく聞いておいてみようか。
そんな事を考えいると……
コンコン。
と、規則的にドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
入ってきたのは…あの時と同じく──アイラだった。
だが…その顔はあの時の笑顔とは違って、何処か影が落ちてた。
「サクラ。落ち着いて聞いてほしいんだ。」
この世界では滅多に呼ばれることの無い本名。唯一本当の名前を知っているアイラは真剣な表情で語る
その……
「君、このままじゃ殺されてしまうの」
──冗談としか思えない真実を──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます