第4話

「むぅーん、お主には何の加護も宿っておらんのぉ…」


結論から言おう。俺には何の加護もありませんでした。 


魔法変換、身体強化の適性も無い俺が最後に望んだもの──加護。それすらも今、泡沫の夢と消えた。


たった今俺に絶望を告げた老人…マギサ婆。


その髪は色の抜けたような白。腰もくの字に曲がっていて、前歯も何本か抜けてしまっている。


それにしても…これで本当に終わりだ。


この世界ならと期待した。自分にだってと祈った。その結果は見ての通り。


最初からわかっていたんだ。世界が変わろうと自分自身が変わるわけではない。


結局この世界でも…《誰も俺を必要としない》


「うそ…でしょ…?」


自分の隣に、驚きで目を見開く女性がいた──アイラだ。


そりゃあ自分が召喚した勇者が無能だったと知れば失望もするだろうし、自責の念に駆られる事もあるだろう。だが、この表情はそれだけでは無いような……


「まあ、加護が無いと決まった訳ではない。」


「気休めなら良してくれ、さっきお婆ちゃんが自分で宿ってないって言ったんだろ」



このお婆ちゃんは一体何を言い出しているのだ。


「限られた人間に生まれつき与えられる加護…じゃがそれは、何かのきっかけで発現して、初めて意味を持つのじゃ」


マギサ婆は続ける。


「加護が発現せんまま一生を終える奴もおる。じゃからアンタにも何らかの加護が眠っている可能性はあるのじゃ」


──一筋の光。まさに蜘蛛の糸。加護があるかも知れない。その小さな可能性だけで、俺の心に光がさす。


「それで、そのきっかけっていうのは?」


「それはわからん。他の勇者様はこの世界に召喚された事自体がきっかけになっていたようじゃが…お主の加護は余程特別なのか、それとも本当に無いかのどちらかじゃな」


他の勇者が異世界召喚に起因して加護が発現したと言うことは、今発現していない俺には、やはり何の加護も無いという可能性の方が大きいのだろう。だが…


「わかった。何をすればいいのかもわからないけど。とりあえず頑張ってみるよ。」


僅かな可能性でもそれにかけるしかないのだ。


「オホホ!若いのはいいのう。それじゃあ頑張るのじゃぞ。」


そう言ってマギサ婆は部屋を出ていく。


「大丈夫……次は必ず………」


「アイラ?」


アイラが何か小声で言っていたが、内容までは分からなかった。


「ううん、何でもないよ」


アイラがサッといつもの笑顔に戻る。


その笑顔はどこか不自然に感じられた。  


「そっか、何もないなら良いんだ。」


とりあえず明日から頑張るぞ!


……何を頑張れば良いのかわからないけど。

✦✦✦✦✦


それから夕食を済ませ。部屋に戻る


夕食…大変だった。


リープはずっとニコニコしながらアーンしてきて…いや、それ自体はとても嬉しいことなのだが。


それを見たアイルにずっとジト目で睨まれていたせいで気が休まら無かった。アイラはそれを苦笑いで見ていました。お願いだから助けて欲しかったです。


妙に疲れた体をベッドに投げ出す。そして…


右手を天井へと伸ばす。


「ふっ…!」


アイラに教えてもらった身体強化を試す。大気に流れ出している魔力を自分の体に留める……


「やっぱりだめか…」


やはり上手くいかない。みんなは魔力量自体は大きいと言っているが、自分ではそれが本当かどうかも分からない、本当に自分には魔力があるのだろうか…


そんな思考を遮るように、「コンコン」とドアを叩く音が聞こえてくる。こんな遅くに一体誰だろうか。


「夜分遅くに申し訳ございません、入ってもよろしいでしょうか。」


この丁寧な喋り方はアイルなのだろうが……声に少し違和感があるような…


「どうぞ」


許可を出すと、扉が少しずつ開いていく。


扉の先から顔を覗かせたのは…


「アイラ?」


金髪ショートカットの美少女召喚士様だった。今は寝間着を着ている。いつもと違う姿に少しドキッとしてしまう。 


「どう?結構似てたでしょ?」


アイラはニヤニヤしながら隣に腰掛けてくる。


ちょっと近くないですか。


「何しに来たの?」 


アイラも普段はすでに寝ている時間だろう。夜な夜な男の人の部屋に行くなんて、お母さん許しませんよ


「んっとねー、少しだけお話しようかなって。あ、もしかしてもう寝るところだった?」


アイラがのぞき込んでくる。可愛い。そんな事をされては、思わず目を逸らしてしまう。


「だ、大丈夫だよ…」


目を逸らすどころかどもってしまった。さすがスクールカーストの最底辺。女性に慣れてない。


そんなことよりも、お話し?男の部屋に来て?もしかしてこれは…愛の告白的なやつなのでしょうか


「そっか、良かった!と言っても何を話すか決めてないんだけどね〜」


…どうやら愛の告白では無かった様だ。いや、知ってたけどね。期待とかしてねーし。してないし…  


アイラは「うーん」と顎に手を当てている。話す内容を考えているのだろう。


やがて、「あっそうだ」と言って手を叩いた。


「君がこの世界に来る前のことを教えてよ。召喚したときは気絶してるし、怪我もしてるしで、びっくりしたんだよ?」


ゼクスではなく、゛君゛か…。アイラは今、勇者ゼクスではなく俺と…双葉桜と話をしにきたということだろう。


…今までは何も思わなかったし、そちらの方が良いとまで思っていたが、ゼクスと呼ばれていたことに対して急に虚しさを覚える。


例えばリープが自分に優しいのだって、俺が世界の勇者として召喚されたからと言うだけなのだ。双葉桜に優しいという言うわけではない。


……もし、もしも、本当に加護も何もなくて、世界の勇者になれなかったら…


リープも。


アイラも。


アイルも。


自分に冷たくなってしまうのではないか?と、そんな不安がよぎる。


あ、アイルは今でも冷たかったです。失敬失敬。


「大丈夫?」


思ったより長い時間考えてしまっていたようで、アイラが心配そうにこちらを見ていた。


「ごめんごめん、召喚される前の話だったね。笑わないでよ?」

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